『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A4

倉科は胡坐をかいた自分の太股に重さを感じた。見ると、椿の右手がそこにあった。そのことに気がついたとき、今度は首筋に温かく柔らかな感覚が走った。椿が首筋に唇を這わせていた。「先生、しょっぱい」「だめだ、川村」 倉科は体を反らせて椿の手と唇とか...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A3

染みや破れに痛めつけられた襖に遮られ、倉科が座らせられた位置からは椿の姿が見えなかった。蛇口から流れる水を薬缶(やかん)に受け、ガスコンロに点火する。一連の音が倉科の耳に届いた。「先生、お茶がいいですか? インスタントでよければコーヒーもあ...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A2

「何日か前に、クラスの男子が数人でアパートの前まで来ました。外で騒いでいましたが、そのほかは特に何も。毎日、何もありません」 椿は窓辺に座り、外を見ていた。上半身が夕日の橙色にぼんやりと縁取られていた。「お母さんは?」「昨日の夕方から帰って...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A1

全く目を通すことなく『一戸ノート』を桜田に渡すほど、倉科は正直ではない。そこに、倉科という自分自身のものを含め、知っている人間の名前があることを確認していた。 川村椿。 倉科とならんで同じページに記載されたその名に触れた瞬間、心に差し込んだ...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」B12

ようやく弘前西署にたどり着いた。山脇と並んで玄関をくぐり、受付で用件を伝えてから年若い制服組の案内に従った。階段を上がり、二階にある刑事課のドアをノックした。「失礼します。警視庁特別捜査本部の桜田です。ご挨拶にあがりました」 時間が時間なだ...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」B11

平成不況と呼ばれた時代、『失われた十年』は次の十年にも影を落とし続けていた。「そういうこともあるんでしょうね。何らかの事故で在校生が死ぬこともあるでしょうし」 出張先ではレンタカーを利用することが多い。運転が比較的好きな桜田にとって、知らな...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」B10

◆ 二月二十日、月曜日。昼前に八戸駅に着いた。岩手県を通り抜ける間に車窓から目にしてきた雪景色とは異なり、八戸駅周辺には雪が積もっていなかった。その代わりなのだろうか、風が強い。駅のホームに立つ人々がみな一様に首をすくめ、コートの裾を翻して...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」B9

◆ 二十四歳。記者としてだけでなく社会人として、あるいは大人としても駆け出しの年齢だ。 社会に与える影響が比較的軽い対象に関しては取材を任せられることもあったが、一戸達樹の大半の仕事は、先輩記者に同行するものだった。 達樹が勤務していた新聞...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」B8

八鍬は白布を勢いよく捲くり上げた。グランドピアノのカバーを外しているような手つきだ。布のたわみは柔らかく空気を孕み、被害者の上半身を露にして腰のあたりに重なり落ちた。痛みか驚きか、見開かれた目が染みだらけの天井を凝視していた。瞳はもうすでに...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第一章「早雪」B7

事件を早期に解決するためには、初動捜査が極めて重要となる。そのエキスパートが機動捜査隊だ。目撃者への事情聴取、証拠品の収集、現場周辺の聞き込みなど、犯人逮捕に至る有益な情報や証拠がどれだけ得られるかが鍵となる。何が重要な証拠になるのかは、こ...