『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」B6

「長野県白馬村に、貞一の妹、依子からすれば叔母が住んでいます。名前は里見千代。そこで」「それが?」 その子が誰なのか。倉科はそう訊ねている。「死産でした」 倉科の顔が歪んだ。「その子の父親は?」「行方不明の堀内恵一で間違いありません」「なぜ...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」B5

「今晩は」「今晩は」「顔色が悪いようです。具合は?」「大丈夫です。疲れのためでしょうか、多少、めまいがするだけです。ところで、旧国立病院、今は弘前南病院と名前を変えています」桜田は念を押すようにそう切り出した。「すでにそこを退職してはいます...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」B4

◆ 玄関のドアの前に立ち、桜田は呼び鈴を押した。家の中で電子音が響いている。ドアの横にあるスピーカーに電気が走り、プッと小さな音を立てた。 白馬から帰ったならすぐにH町に戻るべきだ。それは分かっている。しかし、桜田は倉科のもとを訪ねた。「は...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」B3

◆ 長野に向かう旅程は決して楽なものではない。依子の監視にすぐにでも戻らなければならないという思いは、桜田の焦燥を煽(あお)った。青森市郊外、浪岡(なみおか)の山中にある青森空港の駐車場で車を降り、空の便を利用する。一旦札幌に向かってから信...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」B2

依子は高校を出て地元の保険会社に事務の職を得た。その後三十歳のとき、父親の貞一が倒れたのを機に近くのスーパーでレジ打ちのパートを始めた。その生活サイクルが三年間続いたのち、今の状況に落ち着いている。依子は他人のために生きてきた。もしくは、他...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」B1

街路樹の枝が風に遊んでいる。 三月中旬、春が近いとはいえ、津軽に吹く風は肌を切るように硬い。 川村依子が何を隠しているのか。その秘密を暴くことで、一戸達樹殺害事件の進展を期すことができる。この期待はもはや疑いようのない事実となりつつある。 ...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」A16

倉科は右肩を引いて、初めの攻撃を避けた。手負いの狼は前に進むことだけを心に決めている。すでに複数の刑事に対して発砲している男だ。ナイフの軌道に迷いはなかった。 一旦倉科の横をすり抜けた島崎は、即座に身を翻し、再び体を倉科に正対させた。右利き...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」A15

◆ 十一時。暗がりにようやく変化が訪れた。 今、倉科は依子の家の南方にいる。恐らくカーテンを介しているからだろう。光量を暗く落としながらも、唯一明かりが灯っている部屋に依子がいるはずだ。その部屋から東西に向けて、さらに暗く僅かな光の帯が伸び...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」A14

肉体という本来の器の中に、第三者の手によって新たに書き換えられた精神、あるいは記憶を詰め込む作業には、実に多くの時間と労力とが割かれた。しかしそこには、新たな桜田を創造する側の、明確で力強い意思が存在していた。桜田を事件前の状態に回復させる...
『永遠の花嫁』

『永遠の花嫁』第五章「終雪」A13

フロントガラスの向こうに桜田の姿が見えている間に、倉科は車をバックさせた。誰のものとも知れない家の庭を拝借して車を方向転換させると、ルームミラーで後方を確認した。その小さな鏡の中に、桜田の姿はすでになかった。 国道に出るまで、県道は緩い上り...