節分を過ぎるといよいよ春が恋しくなる。しかし、北国の冬はこれからが本番だ。
海峡からの風は重い湿り気を孕み、八甲田の山並みにぶつかって大量の雪をもたらす。大地を吹き渡る風は横殴りに雪を走らせ、視界を真っ白に染め上げることも珍しくない。
明日の天気予報図がテレビの画面に映し出されている。縦に並んだ等圧線の間隔が異様に狭い。西高東低。典型的な冬型の気圧配置だ。三島優斗は風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、小さく舌打ちした。
「やっぱり車で帰るの?」
膝の上で洗濯物を畳む妻の舞が、心配顔で尋ねる。
「そう何度も機会はないだろうから」
翌日の金曜日、優斗は午後に休暇を取っている。出勤時に宿泊用の荷物を車に載せ、午前の業務を終えたら自宅には戻らずにそのまま実家のある仙台へと向かう。今のところ自分の車で高速道路を運転していく計画を立てている。二月だ。強い寒気が荒れた天候をもたらすという予報を聞いて、舞が心配するのも無理はない。
「新幹線にした方がいいんじゃない?」
二〇〇四年時点、東北新幹線は八戸が北の終着駅だ。新幹線に乗るとすれば八戸まで在来線を利用しなければならない。この天候では鉄路を利用するに越したことがないのも分かる。しかしただ実家に行くだけならいざ知らず、仙台市内を動き回るために自由になる足を確保しておきたかった。
「あんまり天気が悪くなったら、無理しないでどこかで一泊することも考えるから。大丈夫」
「くれぐれも気をつけてね」
「うん。今日はもう寝るよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
二階の寝室へと続く階段を上がった。寝室の手前に子ども部屋がある。そのドアを静かに開いた。差し込んだ光のなかに、五歳の長女朱里と二歳の長男慎吾の寝顔が見える。頭を寄せ合い、布団をはだけている。部屋は十分に暖かいが、これでは風邪をひいてしまう。二人の体にそっと布団を掛け直した。