大人になってまで、父に愛されていなかったんじゃないかと思い続けてきた。しかしそれは、自分の弱さを親のせいにしていたに過ぎない。親だって迷ったり反省したりしながら、必死で子どもを育てている。あの日父と一緒に食べた、ぴかぴかに光った親子丼が目に浮かんだ。
そのとき、廊下を走る足音が近づいてきた。とたとたと軽いその音は、子どもたちのものに違いない。廊下の端に顔を出したのは、はたして朱里と慎吾だった。
「パパっ」
朱里は優斗を見つけるやいなや、短く叫んで座っているその胸に飛び込んできた。
「わっ、すごい勢いだね」
朱里の小さな体をしっかりと受け止めた後、ぎゅっと抱きしめた。
「シンもっ」
今度は慎吾が、優斗と朱里の間に割って入ろうとする。右腕に朱里の体を移しながら慎吾のために体の左側を空けた。そこにすっぽりと、小さな体が収まった。
「こらこら、今日はいじいちゃんの大切な日だから、大人しくしなきゃだめだって教えたばっかりでしょ」
二人の子どもの後を追って広間に現れた舞が、朱里に駆け寄ってたしなめた。物言いは穏やかだが、その声を機に朱里がつと優斗の体から離れた。朱里も子どもなりに硬い意志で臨んでいたのに、うまく振る舞うことができなかったことが悔やまれたのだろう。あるいは居並ぶ大人たちの前で叱られ、恥ずかしくなったのかもしれない。急にしょんぼりして、優斗の前に立ちすくんだ。状況が理解できているのかどうかは分からないが、慎吾も朱里に倣って、困った顔をしながら優斗の体から離れた。
兄夫妻のところには慎吾の一つ下の、二歳の子どもがいる。朱里には五歳にして、三歳の弟と二歳の従妹弟の見本となることが要求されていた。
「朱里、慎吾。パパとちょっとだけお外に行こう」
優斗は舞に目配せし、その場に立ち上がった。舞は申し訳なさそうな顔をしたが、自分の父親の件で彼女にも窮屈な思いをさせていることの方が、優斗には申し訳なく思えた。
右手を朱里と、左手を慎吾とつないだ。優斗のかさかさと乾いた手の平に、子どもたちの柔らかく温かな手が心地いい。
「優斗」
本堂を出ようとする背中に母が声をかけた。優斗は振り返った。
「何?」
「参道の母屋側にある百日紅の木に登っちゃだめよ。幼稚園のときに落っこちて、お父さんに叱られてるんだから」
母の声には、どこかからかうような空気があった。優斗は分かったとだけ答えた。
本堂から玄関へと抜ける廊下に出た途端、子どもたちは二人とも笑顔になった。
これから葬儀が行われる。
喪服姿の大人たちが集まる光景は、子どもたちが異質な雰囲気を読み取る十分な要素となる。異質なもののなかにいて、高揚が起こるのは当然のことだ。子どもにそれを抑えるよう促すのは難しい。この後、さらに窮屈な時間が強要されるのだ。少しでも多くの時間、朱里と慎吾を楽にさせてやりたかった。
靴を履いた二人は、本堂の玄関から砂利敷きの寺庭に飛び出した。春の陽光が溢れるなか、二人の子どもたちが跳ね回る姿に胸が温められる。
「おいでおいで、こっちだよ」
走り回る二人を招き寄せ、再び手をつないだ。