百日紅8

小説

「あの親子丼、ほんとにうまかったなぁ」
 仙台に向かう車の中、一人で口に出してみた。言葉と一緒に当時の景色も甦る。おそらくあのときからだ。特に食べたいものを決めずに定食屋に入るようなことがあると、迷わず親子丼を選ぶようになった。四十になった今でも、それは変わらない。
 なぜあのとき二人でいることが心地良いと思えたのだろう。なぜあの出来事をはさんでも、父との距離が縮まらなかったのだろう。何か噛み合わせのようなものがうまくいかなかったのだとしか思えない。だからこそあの日の親子丼をめぐるささやかな物語は、優斗にとって大切な思い出となっている。
 風景は順調に後ろに流れている。今や上空だけでなく、足元にも嬉しい変化が起こっていた。圧雪だった路面が、アスファルトをのぞかせている。空はもうすっかり夜の帳を下ろし、西の空には金星が輝いている。足元がこの調子なら、無事に辿り着けそうだ。
 盛岡もりおか花巻はなまきを過ぎ、前沢まえさわサービスエリアでもう一度休憩を入れた。一関いちのせきを過ぎて宮城みやぎ県内に入ると、濡れてはいるものの路面からはすっかり雪が消えた。アクセルペダルを通じて、タイヤが路面をしっかりと捉えている感触を確かめた。
 鶴巣つるす長者原ちょうじゃはらを経て、もうすぐ仙台宮城インターチェンジに至る。優斗はコンソールパネルのデジタル時計に目を遣った。五時四十分。交通状況の改善によって、六時前にここまでたどり着くことができたのは幸運だった。
 目の前に緑色の標識が照らし出された。降りる予定のインターチェンジの一つ手前、いずみインターチェンジまで五キロの表示が見える。当初の予定を変更し、泉で自動車道を降りることを決めた。
 考えてみれば、泉インターチェンジと今回の帰省の理由となる目的地とは目と鼻の先だ。一旦実家に立ち寄り、翌日の午前中にでも目的地を訪ねようと考えていた。午後一時に青森を発てば面会時間の終了となる五時を越えることはほぼ確実だったこともあり、このプランを当たり前のように考えていた。しかし先週の土曜日には、面会時間を過ぎてから深夜に至るまで病室にいることを認めてもらえた。これには父が個室に移っていたことが大きく影響していた。意識が混濁し始め、看護師の細かな対応が必要になったためだが、それならばなおのこと、今から訪れても父に会うことが許されるのではないか。優斗はハンドルを切り、父が入院する病院に向かうため、泉インターチェンジで東北自動車道を降りた。
 病院にはインターチェンジから十分で到着した。午後六時。夜間外来の出入り口から入った。二階のナースステーションに上がり、若い看護師に事情を話した。このような状況、すなわち死期が近い患者の家族への対応になど慣れてしまっているのだろう。帰るときには声をかけてくださいねと言って、病室に通してくれた。

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