透明なビニールのカーテンに囲まれて身を横たえていると、不安ばかりが押し寄せる。普段はいつ死んでもいいなどと嘯きはするものの、実際に死の影がちらつくような場面に出くわしてようやく、死を殊更に恐れる自分の弱さを再認識した。
入院以降、症状は悪くなる一方だった。全身にまとわりつく倦怠感に阻まれ、体のどこかを動かそうにもうまくいかない。溺れかけた人間がようやく水面に顔を出して空気にありついた瞬間のように、酸素マスク越しにむさぼるように空気を吸おうとする。しかしどこからか呼気が漏れているのか、息苦しさが止まらない。体中に止め処なく汗が流れていつもぐっしょりと湿っているが、思うように着替えることもできない。明らかに苦しみが増していると実感するようになっても、医師と看護師とがまだせいぜい中等症といったところだろうと話す声が、朦朧とした意識のなかに届く。重症者として今の自分以上に苦しんでいる患者が存在していることが信じ難い。それでもこの苦しみの中で生きたいと願うのは、本能的なものだとしか思えない。身体的な辛さと、ぐるぐると渦を巻く思考の繰り返しにようやく光が見え始めたのは、入院生活が十日を数えようとしていたころだった。
入院中によく思い出していた光景があった。家族を取り巻く歴史だ。家族と言っても、結婚して自分自身が築きあげた新しい家族ではない。母、そして自分との、二人の生活だ。退院後、命の危険は過ぎ去ったものの、全身の倦怠感をはじめ味覚障害がなかなか回復しない。食の楽しみをはじめとした、当たり前に生きることの幸せを奪われた日々が続いた。何とも名状し難い胸の空白が、佳佑に生きていることの価値を見えなくした。
それでも、時間の経過とともに後遺症は軽減していった。ふと、嗅覚が戻りつつあることに気がついた。それでも何を口にしても柔らかさに多少の違いがあるゴムの塊を噛んでいるとしか思えなかったが、あるときコーヒーの香りに鼻腔を膨らませている自分に気がついた。淹れたてのコーヒーを香ばしいと感じられるのなら、味覚も戻っているかもしれない。期待しつつマグカップを傾けてそっと黒い液体を含むと、口にコクのある苦みが広がった。生きているうちに一杯でも、一食でも多く、美味いと思えるものを口にしたいと思った瞬間だった。
失った後に取り戻すことの切実さが呼び水となったのかもしれない。思い立って書類棚を探した。ほどなくして、例の封筒を見つけ出すことができた。その表面を撫でてみる。さらさらと乾いた手触りが、それが何の変哲もない紙の封筒であることを教えている。しかし、中身は佳佑にとって特別なものだった。勢いが躊躇いに削がれはしたものの、そっと手を差し入れて書類を取り出した。そこには「報告書」とあった。