2024-05

小説

二人静6

何かに急かされるように目覚めた。前後の自覚がないまま、見慣れない天井を見上げて横たわっている自分に気がついた。体が妙に熱い。見ると、首元まですっぽりと掛布団にくるまっていた。体中にべったりと嫌な汗をかいていた。慌てて起き上がり、ここがどこか...
小説

二人静5

馴染んだ和装から洋装に替えただけで、こんなにも気分が変わるものだとは思いもしなかった。一部の隙もなく自分の体を包み守ってくれていたものが、今や隙間だらけのふわふわと軽い布に取って代わっている。それが何かの間違いのように思える。 鉄輪を発つ日...
小説

二人静4

人前に出ても恥ずかしくないような洋服を、清美は一着も持っていなかった。 もちろん、上京後も和装で過ごすことはできる。恵三の小料理屋で働くことができるのであれば、なおさら今まで通りの和装の方が合っているのかもしれない。「それでは何かと不便よ。...
小説

二人静3

鉄輪を去るにあたり、やらなければならないことが次々と頭に浮かんだ。そのうちのひとつが、浅草の祖父に高梨麗の様子を見に行ってくれるよう依頼することだ。 祖父はこの頃になってようやく、浅草の旅館の経営を長男の孝志に譲ったばかりだ。七十を目前に隠...
小説

二人静2

秋と冬を越え、春を過ぎて再び初夏を迎えた。 この季節、客室に活けるための山野草には事欠かない。まだ小鳥たちのさえずりさえ響かない早朝、女将と連れ立って裏手の山林に浅く分け入ることが日課になっている。 ふと、足元の可憐な白い花に目が留まった。...
小説

二人静1

夏椿なつつばきの白く小さな花がぽろぽろとこぼれ落ちるのを見ていると、急ぎの要件があるからと女将に声をかけられた。 はいと返事をし、橘たちばな清美きよみは箒で庭先を掃く手を止めた。下駄をからからと鳴らして玄関に入り、框かまちに上がった。そこに...