2024-06

小説

二人静17(最終回)

知っているという安心感からか、一度通ったことのある道は目的地までの距離が短く感じられる。三人はいつの間にか「喜楽」に着いていた。恵三は立ち止った。清美もその場に。「あの晩、麗は可哀想だった。どうしようもないってことは分かってる。あなたはあな...
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二人静16

明子が死んでしまった今、この子と最も濃い血で結ばれた女は私だ。この事実が、私のような女が生きる理由を与えてくれている。この子の存在自体が、私が生きる意味になる。もしも麗が私を欲してくれているのなら。「私は、あなたのそばにいてもいいの?」 二...
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二人静15

いつも通りの時間に部屋を出た。エレベーターで一階に下り、フロントにルームキーを預けた。これからどうすればいいのか、もうそろそろ身の振り方を考えなければならない。清美はゆっくりと、ホテルの出入り口へと向かった。 不意に、誰かが清美の手首を掴ん...
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二人静14

あくる日も、そのあくる日も、午前十時から午後三時までを目安に清美は街を歩き回った。疲れてはベンチを見つけて座り、喉が渇いては自動販売機や店舗で飲み物を買った。幸運にも図書館があれば、のめり込めないまでも本を読んで時間を潰すことができた。それ...
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二人静13

ホテルでの連泊には何の支障もなかった。 フロントに連絡を入れれば、一日中部屋で過ごすこともできたのだろう。しかしそうはしなかった。 一人きりになる時間を少しでも削らなければならない。 幼いころから大勢に囲まれて過ごしてきた。一人で思い悩む時...
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二人静12

月が出ていた。その光が柔らかく清美の体を包み込んだ。 昼間の熱を削ぎ落した風が、火照った頬をそっと撫でた。 街はもう眠りについていた。ところどころに灯が点り、どこからともなく人の声が聞こえてくるが、どれもまばらだ。時折車が走る音が届くものの...
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二人静11

常夜灯の明かりが部屋を橙色だいだいいろに染めていた。その薄暗がりに、座ったままの自分の体が溶け入ってしまいそうに思える。清美は手の平を広げてみる。そこに本当にそれがあるのか、確信がもてない。手の平の形を結んでいた像が、少しずつ少しずつ輪郭を...
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二人静10

清美は麗ににじり寄りながら、その小さな体をそっと引き寄せるために足を横に投げ出した。そして手を差し伸べた。麗は何も言わない。ただ洟はなをすすりあげながら、導かれるままに清美の胸に体を寄り添わせた。その体を持ち上げて膝の上に載せた。背中に腕を...
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二人静9

清美は席を立ち、恵三が促すまま厨房へと足を踏み入れた。コンロの上に小さな土鍋が置かれている。恵三が素早く鍋掴みを手にし、土鍋を盆の上の鍋敷きに載せた。小さな木の匙と、布巾がそえられている。 その盆を手に奥のドアへと向かう恵三の背中に、清美は...
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二人静8

清美は彼女が手にした猪口に徳利を傾けた。酒で満たされた小さな器を、彼女はそっと桃色の唇に運んだ。目を見開いたかと思うと、ほんとだ、美味しいとつぶやいた。 分らない者同士、酒の話を楽しんでいると、暖簾のれんの向こうから声がした。料理が出来上が...