小説 蓮花1 年の瀬に得体の知れないウィルスによる感染症の存在が明らかになった。それからというもの瞬く間に世界中に広がり、東京に最初の緊急事態宣言が出されたのは二〇二〇年四月初旬だった。様々な情報が飛び交うなか、手洗いや手指の消毒、マスクの着用といった日... 2024.09.30 小説
小説 月見草19(最終回) 「そうですか。教師を待っている子どもたちが、大勢いるんでしょうね」「事故を起こした原発の、警戒区域や計画的非難区域周縁では特に。その地域の人手を、一人分だけでも補えればいいんですが」「では、今年度いっぱいで?」「はい。たった今、決めました。... 2024.09.30 小説
小説 月見草18 「境界線ですか」「はい。原発事故によって、警戒区域や計画的非難区域のような物理的な境界線が引かれてしまったのはもちろんですが、人の意識の中にも消すに消せない線が引かれてしまったように思います」「それは?」「瓦礫の処理の問題がその例です。福島... 2024.09.28 小説
小説 月見草17 震災当初は東北自動車道も一般道も寸断され、弘前にいる柏木にはすぐにできることが何もなかった。一週間が経って一応の復旧をみた高速道路は、救援車両だけが通行を許可されていた。 何とかして実家に行きたかったが、なかなか機会が掴めなかった。やっと家... 2024.09.27 小説
小説 月見草16 教職に就いて五年目だ。何かを成し遂げたという実感などない。むしろこれから学び取らなければならないことの方がはるかに多い。何も得ずして立ち去ろうとする自分に、望月は嫌悪を抱くかもしれない。しかし、彼は同時に答えをくれた。こうなることを、柏木は... 2024.09.27 小説
小説 月見草15 ある夜には溢れる涙をどうにも止めることができなくて、病室のベッドを囲むカーテンのなかで声を殺して泣いた。ふと、誰かの手が柏木の頬を包んだ。驚いて目を開けると、涙の向こうに香織がいた。その目には、柏木と同じ涙があった。温かな涙が、香織の頬を伝... 2024.09.25 小説
小説 月見草14 「私は、特に心当たりはないと答えました。仕事の面で難しい問題が起こったようなことはありませんし、柏木先生がトラブルを抱えているようには見えなかったからです。実際のところはどうですか?」 望月が柏木に答えを求めている。「望月先生のおっしゃる通... 2024.09.25 小説
小説 月見草13 柏木は言葉を失った。揺るぎない自信を纏まとった望月の対岸で、不安におののく自分の姿を思い知らされた。ふと、何かの結び目がほどけたことで溜息がもれた。「夢、ですか」 言葉がぽつりと口をこぼれ落ちた次の瞬間、柏木は叫び出しそうになった。 フラッ... 2024.09.23 小説
小説 月見草12 柏木も望月に倣い、小肌を口に運んだ。芳醇な脂の旨みが瞬時に口を満たす。 唇を湿らせるようにほんの少し酒を口に含むと、小肌の脂が今度は酒の旨みと絡み合った。この瞬間の多幸を味わいつつ、柏木は望月との会話に戻った。「職場を離れると打ち明けた時、... 2024.09.22 小説
小説 月見草11 「夢、です」 柏木の胸に、さらりと乾いた風が吹いた。「夢、ですか?」 望月の口をついて出た、何か甘酸っぱいその言葉の響きが、柏木には不思議なもののように思えてならなかった。「そのときの、望月先生の夢って、何だったんですか?」「教職に、戻るこ... 2024.09.21 小説