2024-09

小説

月見草10

勝手なことだとは分かっていたが、柏木は望月の言葉に得心がいかなかった。 望月は続けた。正確に言えば、怖いものがないという事実そのものに思いあたらなかった。怖いものがないのが当たり前で、実際に怖いものができて初めて、怖いものがなかった自分に気...
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月見草9

望月は手元の酒を飲み干した。「これ、いいね」 望月がカウンターの向こうに声をかける。美夏は手を休めないが、吐息のような笑みをこぼした。「好みでしょ?」「うん。もうひとつ」「はい」 美夏は新たに酒を満たした徳利を望月の前に差し出し、ぐい呑に注...
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月見草8

望月はそこが定位置であるとでもいうように、、促されるわけでも確認するでもなく、カウンター席に着いた。柏木はその隣に立った。「あら、珍しい。連れの方があるなんて」 カウンターの向こうで微笑む女性が、ころころと転がるような声でそう言った。端正な...
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月見草7

「よし、さあ、飲もう」 丹藤の声に、皆が笑顔で応えた。修学旅行に行く前から楽しみにしていた打ち上げだ。形式張らずに自由な空気のなかで飲ませたい。そのために邪魔にしかならない年嵩の人間は早く退散した方がいい。誰が何を言うでもなく、望月の考えは...
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月見草6

人の頭を飛び越えて声が行き交い、料理が少しずつ運びこまれては空いた皿が下げられていく。その間に、皆思い思いに酒を注文しては杯を空けていく。「もう私が取りまとめることもないですね」 望月は誰にともなくそう言うと、自らも箸を動かし、ジョッキを傾...
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月見草5

「最初に旅行代理店を決めるとき、こちらから出した要望をはき違えてとらえてくる業者があったのにはびっくりしましたね」 望月が言った。「どんな間違いですか?」 柏木が望月の言葉を受けた。「まずは民泊を民宿と取り違えた業者がありました」 学校に出...
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月見草4

皆思い思いの飲み物で満たされたジョッキやコップを手に、会の始まりを待った。「それでは皆さんおそろいなので、会を始めます。まずは修学旅行、お疲れ様でした」 望月の声に、全員がお疲れ様でしたと声を合わせた。「もう目の前に料理が並んでいるので、短...
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月見草3

打ち上げには、学年のスタッフ全員が参加した。 会が始まる十分ほど前に会場に着くと、望月をはじめとした数人がすでに着席していた。会はまだ始まっていない。個々に談笑している。「失礼します」 望月に声をかけた。柏木は下座にいた望月の横に腰を落ち着...
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月見草2

柏木が勤める高校は私立だ。私立だからといって当然ということではないのだろうが、教師の半分以上を卒業生が占める。年嵩の教師は若い教師にとって恩師である場合が多い。そのため若い教師は、職場であるにもかかわらず呼び捨てにされることもある。同年輩の...
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月見草1

神無月だというのに、この島には光の神がいる。 日差しも風も静かに歌っている。さらさらと打ち寄せる波は、その下に白い波を絶え間なく遊ばせている。砂の粒子に反射し、光が躍っている。沖に向かうにしたがって濃さを増す青は、彼方で海と空との境界を忘れ...