2024-09

小説

百日紅22(最終回)

あの夜。優斗にとって本当の意味での大切な儀式は、生きていた父との間でもうすでに終えられている。悪天候のなか、車を走らせて病院に駆けつけた。それは父を見舞うためだったが、救われたのはむしろ優斗だった。 あの、たった一言で。 その心境に至るまで...
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百日紅21

「どこに行くの?」 走り回ったことで乱れた息を整えながら朱里は話した。顔には期待がうずいている。「すぐそこ。入り口に大きな木があったでしょ? パパさっきね、そこでリスさんを見たんだよ」「えっ、朱里も見たい」「シンもっ」 朱里は優斗と手をつな...
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百日紅20

大人になってまで、父に愛されていなかったんじゃないかと思い続けてきた。しかしそれは、自分の弱さを親のせいにしていたに過ぎない。親だって迷ったり反省したりしながら、必死で子どもを育てている。あの日父と一緒に食べた、ぴかぴかに光った親子丼が目に...
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百日紅19

そのとき以来、父との距離を取り戻すことなく月日が積み重ねられてしまった。失われた父との時間は、自分からもっと努力すればすぐにでも取り戻すことができたはずなのではないかとも思える。父も同じだったのではないだろうか。 父との親子丼の思い出が、そ...
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百日紅18

その怖さを、父にも分かってもらいたかった。 しかし、父の前に端座したこのとき、優斗は一連の出来事に対して抱いた恐怖とはまったく別の感情に行き当たった。優斗が最も恐れていたことが起きようとしていた。 父という、慣れ親しんだ大切な人が離れて行っ...
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百日紅17

「そうか、あのときか」「それ、覚えてる」 兄と姉が口々に記憶のなかの光景について話し始めた。 夕日のなかに舞う雪。優斗の記憶があの場面に繋がっていく。 風呂から上がり、綺麗になった体に温かな血が通っているはずなのに、震えが止まらなかった。そ...
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百日紅16

私はふと、二人並んで歩き去る小さな背中を思い出した。そして優斗に、雅臣君は一緒ではなかったのかと尋ねた。一緒だったと答える優斗に、今度はお父さんが雅臣君は今どうしているのかと、問いを重ねた。「まだプールの中」 優斗の震える唇からその答えが返...
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百日紅15

やはりアパートに住んでいたころのことだから、優斗は小学三、四年生だった。 アパートのすぐ隣に、高い塀をはさんで公立高校があった。基本的にはアパートの周りが遊び場ではあったが、近所の子どもたちはしょっちゅう塀を乗り越えて高校の敷地に遊びに行っ...
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百日紅14

「そんなことないわよ。お母さんが忘れられないのは、アパートに住んでたときのこと」 土地と新築の一戸建てを手に入れる前、一家はアパートに住んでいた。母は語り始めた。「日曜日、和室の前を通った時に、お父さんが畳の上で胡坐をかいて新聞を読んでる姿...