2024-10

小説

蓮花14

「私の仕事も、同じです」「お仕事は何を?」「建築士です」あの人は頷いた。「建築はどんなに目新しく奇抜なデザインやアイデアが盛り込まれているように見えても、きちんと基礎的な工事を踏まえていなければ安全ではありません。安全が確保されてこそのデザ...
小説

蓮花13

「なぜでしょうね。誰しも遅かれ早かれ親の死に直面することになります。その場に居合わせることと居合わせないこととの間に、そんなに大きな違いはないように思うんですが」「それは、個々の親子関係によるでしょうね。生前に十分な関係が保たれていれば、死...
小説

蓮花12

耳慣れているのだろう。あの人が盆を持ってカウンターから厨房に移った。そしてすぐに戻ってきた。再びぐるりとカウンターを回り、空いた皿を下げ、次の料理を置いた。手元に視線を落とす。湯気と一緒にふわりと香るのは、焦げた醤油と魚の匂いだ。「うわっ」...
小説

蓮花11

二〇〇五年。 佳佑は長男の俊真が生まれたときのことを思い出した。こんな自分が、父親になることができるとは思ってもみなかった。もしそんなことがあろうものなら、子どもに暴力ばかりふるう父親になってしまうのではないか。手を振り上げただけで子どもが...
小説

蓮花10

皿の上に大葉が敷かれ、その上に茎と根を切り落とされたエシャロットが寝かされている。根元の切り口をしばらくの間みりんでのばされた麹味噌に漬けておいたのだろう。味の染み込み具合が見た目にも分かる。 箸を手に、一つを摘まみ上げた。ほっそりとしたふ...
小説

蓮花9

自宅周辺には東京とは思えないほどの緑があふれている。在来線の車窓には、都心部に近づくにしたがって建物の密集度が高まる。やがてコンクリートのジャングルへと景色が変わる。隙間を縫うようにして走る列車が、駅舎へと吸い込まれていく。佳佑は列車を降り...
小説

蓮花8

透明なビニールのカーテンに囲まれて身を横たえていると、不安ばかりが押し寄せる。普段はいつ死んでもいいなどと嘯うそぶきはするものの、実際に死の影がちらつくような場面に出くわしてようやく、死を殊更に恐れる自分の弱さを再認識した。 入院以降、症状...
小説

蓮花7

日本のみならず世界中が混乱の渦に巻き込まれたなか、佳佑はあえて感染のリスクが高いと言われている行為を試すようなタイプではない。前年の春先以降、家の外での飲食は極力ひかえていた。対面して話をするような場面ではマスクを外したことなどなかった。密...
小説

蓮花6

一定の期間、一定の費用をかけて作成された報告書を目の前に差し出されたとき、胸の奥にすっと冷たい空気が流れ込むような違和感を得た。それが何かの警告であることは、佳佑自身がよく知っていた。「この書類をお渡しすれば、我々の仕事は終わりです」 ブラ...
小説

蓮花5

佳佑が幼かったころに修善寺を切り盛りしていた夫婦が亡くなってから、隆一が跡を継いだことはもちろん知っていた。父と子の、世代をまたいだ懸案事項を引き継いでいることも。それでも、いざ相手の声を耳にすると、肝心な言葉がうまく口をついて出てきてはく...