2025-01

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『明日の私』第11章「なりたい私」(7)

「イチ、ニ、サン」「オシ!」いざ後半戦に臨もうとする背中の一つひとつに、目には見えない力があふれていた。そのことに気がついた瞬間、私の身体のなかを風が吹き抜けた。 こんなふうに、他人ひとに力を与えることができる人間になりたい。 風が私のなか...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(6)

最後に、柏木はベンチに座る選手全員の顔を見回した。選手たちは暗い表情をしていたのかもしれない。私の位置からは柏木の顔しか見えないが、次の言葉がそのことを想像させた。「何をそんなに深刻な顔してんだ。そんなに固くなってたら入るシュートも入らなく...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(5)

「あの六番、齋藤だよな? 普段と全然違わねえ?」 勇児が、クラスメイトの齋藤の動きに目を見張っている。「そうだね」 私はフロア全体の動きを早くつかみたくて、意識を集中していた。コートから目を離さないまま、勇児の言葉に曖昧に応じた。 そのまま...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(4)

「今、第何クウォーターですか?」 私は隣で観戦している男性に訊ねた。おそらく相手チームの選手の保護者なのだろう。白いユニフォームの選手が好プレーを見せるたびに拍手を送っている。男性は第二クウォーターだと教えてくれた。私はオフィシャルテーブル...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(3)

職員室のドアを開いて目の前にのびる廊下を行くと、次の試合に備えてウォーミングアップする他校の女子チームに出くわした。校舎内だからだろう。ランニングの際に掛けあう号令も遠慮がちだ。 体育館に近づくにつれ、応援の声がしだいに大きくなる。バスケッ...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(2)

「勇児、ごめん。あたっちゃって」「いや、俺の方こそ、ごめん。人づてに聞きましたっていう態度も、逆の立場だったらムカつくよな。自分の目で見て、耳で聞いて知ってたことなのに」「どうして?」「いや、ほら、六時間目が終わって放課後の講習が始まるまで...
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『明日の私』第11章「なりたい私」(1)

べたりと貼りつくような残暑の中を、時折乾いた風が吹きわたっていく。その流れにわずかながらに香る秋が、私の頬をさらりと撫でた。息をつく暇さえ与えてくれない強さでのしかかっていた夏が、いつの間にか私の体から離れていた。少しだけ大きく息を吸いこん...
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『明日の私』第10章「保奈美」(8)

夏休み最後の週末を、私は家でのんびりと過ごすことにした。 週明けの月曜日は夏休み明けでもあり、そこからは嫌でも他人と顔を合わせる日々が続くことになる。何も土日にまで人との接触を詰めこむ必要もないだろう。心も体もどこかで休養を欲しているように...
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『明日の私』第10章「保奈美」(7)

「合宿はどうだった? 勉強ははかどったの?」 夏の午後。美智子と私は食卓をはさんで向かい合った。食卓の中央にはそうめんを盛った大皿が置かれ、私の手元の透明なガラスの小鉢にはつけ汁がそそがれた。それが窓から差しこむ日差しを浴びて、濃褐色の透明...
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『明日の私』第10章「保奈美」(6)

家に着くと、美智子が玄関先にまで迎えに出ていた。「ちょっと遅かったね。もうそろそろ来るころかと思って外に出てみたの」 私はアパートの駐輪場に自転車をとめた。陽の光がまぶしすぎてうつむき加減に視線を落とした私からは、美智子の表情をうかがい知る...