第149回直木賞受賞作です。芥川賞または直木賞受賞作だからといって、すぐに作品を手に取って読むという習慣が私にはありません。むしろしばらく時間が経って、ある種の熱が冷めてから読むことにしています。なぜなら何らかの賞を受けた作品だとの先入観からできる限り解放された状態で、作品に触れたいと思うからです。そうは言っても、受賞作であるとの知識はすでに持ち合わせている状態で読み始めるわけですから、これこそ受賞作にふさわしいと思ってみたりそうでなかったり、賞にまつわる様々な考察をしてしまうのも事実です。あくまでも個人的な見解ですが、最近は芥川賞の受賞作に「ん? これが?」と首をひねることがあります。まあ、作品に対する私の読み方が浅薄なばかりにそう思ってしまうのでしょうから、その作品が私の目には映らない魅力をもっているはずだと思うことにしています。
私のごく大まかな理解としては、芥川龍之介が短編に優れた作者だったことから、芥川賞の受賞作には比較的ページ数の少ない作品が選ばれてきました。短編でもなく長めの長編というわけでもなく、何だか村上春樹が自分の創作活動について述べた台詞のようになってしまいますが、短めの長編といったところの作品が選ばれてきているように思います。一方の直木賞は、芥川賞よりも少々娯楽性の強い、比較的ページ数の多い作品が選ばれてきているように思います。この傾向が生きていれば、『ホテルローヤル』は芥川賞に選ばれそうな作品ですが、直木賞を受賞しました。確かに、比較的平易な文章で読みやすく、連作短編のスタイルをもった本書は、ホテルを舞台にした男女の群像劇が展開されているという点において、娯楽性が色濃く読み取れるのかもしれません。いずれにしても面白い書き方をしているとの印象を、私の中に残してくれた作品です。
この作品の特徴については、受賞当時いくつもの媒体を通じて伝えられていました。北国のある地方都市に存在するラブホテルに多かれ少なかれ関りをもった登場人物たちの、人生の一部を切り取った連作短編です。前の作品でほんの少しだけ触れられた人物や出来事が、次の作品でクローズアップされ、語られることで、リレーのバトンをつないでいくように物語は流れていきます。しかも、最初の物語から最後の物語に向けて時間軸を遡っていく構成が試みられています。一つひとつの短い物語が、行き場のない孤独や日常への諦めを描いているために、どちらかというと曇った読後感におそわれます。しかし時間軸が遡ることで、ホテルという器が作られた当初の、何かを始めようとするときの期待や興奮がゆっくりと伝わってきます。このため作品全体を通じて、明るい空へと少しずつ上っていくような方向性を感じさせてくれるのです。読んでいて、これはいいなと素直に思うことが出来ました。また、一つひとつの短い物語について言えるのは、女性の視点らしい切り口を上手く捉えて描かれているという点です。特に「シャッターチャンス」という作品において、この傾向が顕著だと思いました。「挫折」をひけらかして女性の心を掴んだかのように見える男性の「挫折」そのものが、実はそれほど深いものではないのではないかと、恋人である女性は訝しく思います。そして何度も試みながら言えなかった「NO」をやっとの思いで口にすることが出来たものの、ついには男性の要求に応えてしまう女性の心情が、周辺的な表現を巧みに使用して描かれていくのです。小説を書く上では「嬉しい」や「悲しい」といった直接的な表現を使わずに、登場人物の心情を描くことが鉄則なのでしょうが、優れた作者や作品ほどこの描き方が巧みなのだと改めて思わされました。
芥川賞にしろ直木賞にしろ、受賞の可否には時代を切り取った先進性の有無が問われているように思います。この物語に登場するほとんどすべての人物は、それほど裕福でもなければ、あらゆる意味において社会の中で上位を陣取っているような人々でもありません。皆日常の中でもがき苦しみながら、それでもささやかな幸せや喜びを期待して、懸命に日々を生きている人々です。言い換えれば、「格差社会」の下層を描いているととらえることが出来ます。「格差社会」という、まさに今日的な課題を内包している分、この作品が先進性をもっていると言うことが出来るのかもしれません。しかしもっと大切なことは、作品全体の方向性が上向きだということです。何もかもがうまくいかない日常であっても、その中に小さく光る灯火を大切にしようと思わされたり、身近な相手が自分にとってかけがえのない存在なのだと改めて気づかされたり。表現は静かでも、読み手にきちんと上を向いて生きることを勧めてくれる、とても温かなメッセージをこの作品から受け取ることが出来ました。
22.『ホテルローヤル』 桜木紫乃著 集英社 2013年8月14日第6刷
