45.『最後の喫煙者 自薦ドタバタ傑作集1』「最後の喫煙者」 筒井康隆著 新潮社 平成27年5月25日19刷

書評

 2026年が始まりました。今年は時々立ち止まって周囲を見渡す余裕を持ちつつ、新い道を切り拓くことを厭わない1年にしたいと思っています。歩みを進める際、どのようなテンポやリズム、速度を取るかという点はとても重要です。時には物事の成否を分けるほどに。
 「最後の喫煙者」は短編だからということも理由のひとつに挙げられるのでしょうが、とてもテンポのいい作品です。こういった物語を読むのは実に久しぶりのことのように思います。一気呵成に書き上げられたのではないかと思われるその勢いのまま、読み手である私たちが文字を追いかける速度もまた加速していくようです。「筆が走る」という表現は、文章を書くことを生業とする人々の間ではあまり良い意味では使われません。筆が走るようにすらすらと文章が書けるというのは形だけであって、その実、読み返してみると実に中身のない、書き直し必至の文字が羅列されているような状況にこの表現が用いられます。しかし、この「最後の喫煙者」に関しては、「筆が走る」という表現を肯定的にとらえたくなってしまうほど、物語の展開が実にスムーズなのです。
 こうなって、ああなって、それからこうなってというように、出来事が次々と転がり続けます。流行作家である主人公は青年時代からのヘビースモーカーで、「収入を維持し続けるための作品の量産には、盛大なる煙草の消費が不可欠の条件である」と豪語してやみません。しかし世の中の大勢は、「煙草のテレビCMや新聞・雑誌広告が全面的に禁止された頃から、日本人の付和雷同という悪癖が正面に出てきて喫煙者差別が大っぴらになって」きています。自宅にこもって執筆活動に精を出している間に、世の中がすっかり喫煙者に厳しい世の中になっていたというのです。私の手元にあるのは文庫版ですが、2002(平成14)年に初版が出されています。このころから2026年の今日に至るまでの過程で、世の中の動きはまさに喫煙者に厳しくなってきています。喫煙場所がどんどん限られてきていることはもちろん、「分煙」や「嫌煙権」など、喫煙、特に禁煙にまつわる用語が増え続けています。物語の流れはいかにも極端に面白可笑しく描かれていますが、時代の流れに沿った展開はまさに現実的です。
 もうひとつこの物語の面白い点は、「最後の喫煙者」の「喫煙者」の部分を、他の様々な言葉に置き換えることができるところにあります。例えば「最後の地球人」としてみたらどうでしょうか。地球外からやって来た生命体と我々地球人とが共存することを余儀なくされた遥か未来。時が経つにつれて少しずつ数を減らしていくのが地球人だとしたらどうでしょう。このテーマを与えられただけで、ちょっとしたSF小説が書けそうですよね。また、「最後の男」なんていうのはどうでしょうか。地球環境の変化によって、なぜか男性だけが次々と命を落としていく。さらに、新たに生まれてくる赤ちゃんは女の子ばかり、なんていうことになったら。最後に残された「男」は、女性たちにどんな扱いを受けるようになるでしょうか。想像すればするほど、面白い小説が書けそうです。
 「最後の喫煙者」は、「最後」に残された者がどのような末路をたどるのかを、ユーモアたっぷりに描いた作品です。この物語を書くために要求される最適なテンポや速度が綿密に計算され、結果的に作者は他の一般的な作品よりも早い展開を試みています。このことが物語の魅力をなお一層際立ったものにしてくれています。また、自分の身に次々と降りかかる困難を乗り越えようとする主人公の努力は滑稽ですらあり、物語全体がもつ哀切を主人公が一手に引き受けている様子は潔くさえあります。このような物語の展開のさせ方はいかにも筒井康隆らしく、久しぶりに筒井作品に触れて「これだよ、これこれ」という思いを抱いたのは、じつに清々しい経験でした。「最後の喫煙者」は、たまにはユーモアに彩られたフィクションが読みたいと思っている方にお勧めの物語であり、『最後の喫煙者 自薦ドタバタ傑作集1』は、そんな傾向をもつ一連の筒井作品に触れることができる魅力的な一冊です。

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