『明日の私』第10章「保奈美」(4)

小説

「ひどいでしょ、家」
 溜息の中から言葉を発した、そんな話し方だった。
「ちょっとびっくりした」
「だよね」
 保奈美は川の方に視線を飛ばした。
「自分が育ってきた家なのに、中にいるのが嫌でさ。長い時間一人でいられないんだ」
「で、ここに来るんだね」
「そう」
「気持ちいいね、風」
「うん。周りに吹いてる優しい風が、堤防に寄せられて集まって来るんじゃないかな。川原に降りるといつも、他より風が強いから」
「そうだね。ここに来るまでは、そんなに風が吹いてるようには感じなかったもんね」
 私は顔を上げて空を見た。青色が宇宙にまで届くようだ。しかし、先週までとは雲の様子が少し違って見える。ついこの前まで、もくもくと湧き上がるよだった形の雲が遠くの地平から立ち上がっていたはずなのに、今は高い位置に筆ではいたような雲がいく筋かのびていた。
「一日でも早くあの家から出たくってさ。そのためには何とかして大学に行きたいんだ」
「もう受けたいところは決めたの?」
 クラスの中でも、保奈美はそれほど成績がいい方ではない。しかし、所属しているのが進学コースである以上、保奈美の口から大学進学の意志が聞こえてきたのは当然のことだと思えた。
「お金に余裕がないから奨学金をもらう必要があるし、国公立に行ければいいんだけど。場所で考えると生活費がかかる東京には出られないし」
「じゃあ、県の公立大?」
「うん。そこに入れればいいなって思ってる。格安で入れる寮があるから、問題は一気に解決。県内企業への就職率がとび抜けて高いのも助かる」
「推薦で?」
「そうだね。一般推薦でって思ってるんだけど、倍率は高いから。今のままの成績じゃまずいんだよね。これからもっと勉強しないと」
 学校は三学期制だ。夏休み明けに行われる第二回目の定期試験を含め、推薦枠に該当者を割り振る来年の夏の会議まで、成績を上げる機会となる定期試験は五回ある。保奈美が一般推薦の枠におさまるように評定平均値を上げることはまだまだ可能だ。
「お金がないのは私の家もおんなじ。お母さんのパート代だけで生活してるから、私大とか東京に行きたいなんて言えない。大学に行かせてあげられるって言ってもらっただけでホッとしてるもん」

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