「合宿はどうだった? 勉強ははかどったの?」
夏の午後。美智子と私は食卓をはさんで向かい合った。食卓の中央にはそうめんを盛った大皿が置かれ、私の手元の透明なガラスの小鉢にはつけ汁がそそがれた。それが窓から差しこむ日差しを浴びて、濃褐色の透明な影をテーブルの上に描き出していた。
私は箸で一口分のそうめんを掴みあげ、つけ汁にちょっとひたして口に運んだ。唇に触れたところから吸い上げると、くるくると踊る末端からつけ汁の飛沫が飛んだ。そのささやかな無作法を気にもせず、好きなものを好きなように頬張れる自由が明るかった。
「うん、楽しかった。思ってたより勉強もはかどったし」
ごくりと喉を鳴らし、口の中のものを飲み込んで返事をした。
「ずっと勉強ばっかりしてたの?」
「まぁ、キャッチボールとか花火で息抜きもしたけど、だいぶ勉強したよ」
「学校に泊まりこんでまで勉強した価値はありそう?」
「うーん、そんなことは分かんないよ。来年になってみないと」
「それもそうね」
「お母さんは? 何か変わったことなかった?」
「そうね。いつも通り。ただ美夏がいなかっただけ」
「寂しかった?」
「そうね、寂しかった」
「本当は一人でのんびりできたんじゃない?」
「のんびりっていうか、やりたいと思ってたことができたのはあるかな」
「えっ、何それ?」
「レース編み。ほら」
美智子は食卓の椅子に座ったまま、腰を反転させて背後にある食器棚の抽斗を開けると、白い糸で編み上げられたレースのコースターを二枚取り出した。
私は一旦箸を置き、差し出されたコースターを手に取った。さらりと軽い二枚の糸の結晶は、雪のような潔さをたたえていた。
「お母さんのレース編み、久しぶり」
「前はよく編んだものね」
普段あまり気にかけていないところに、母のささやかな足跡がある。当たり前に存在していたものにも、誰かの手が加えられている。私は胸に空気の塊が痞えたような息苦しさを覚えた。
「ひとつは美夏にあげる。どっちがいい?」
「じゃあね、こっち」
それぞれ形が異なるコースターのうち、網目の粗密でいえば、私は「粗」の方を選んだ。
「やっぱり。美夏はそっちじゃないかなって。思ってた通り」
美智子が自信たっぷりにそう言った。
『明日の私』第10章「保奈美」(7)
