「イチ、ニ、サン」「オシ!」
いざ後半戦に臨もうとする背中の一つひとつに、目には見えない力があふれていた。そのことに気がついた瞬間、私の身体のなかを風が吹き抜けた。
こんなふうに、他人に力を与えることができる人間になりたい。
風が私のなかの種火を燃え上がらせた。今の私には不釣り合いな目標かもしれない。でも、目指してみる価値はある。そう思えた。
ギャラリーから見下ろしたフロアに、再びドリブルの音が響いた。青チームのガード、齋藤がゆっくりとボールを運びながらハーフコートの五対五をセットする。全員がそれぞれのポジションに就くのと同時に、齋藤が右手の人差し指を立てて「一本」と叫んだ。
その瞬間に他の四人が動き出した。パスを出した選手はゴール下に切れこんでディフェンスをかきまわし、あるいは逆サイドにスクリーンをかけ、別の選手をフリーにする。パスを受けた選手は一旦シュートを打つ体勢を作ってからパスを流し、またはカットインを織り交ぜながら白チームのディフェンスを崩しにかかる。
何度目かのパスがやりとりされたあと、取り残されたディフェンスがあわててオフェンスを止めようと飛び出してくる場面ができる。パスをキャッチした瞬間にこの状況を見逃さなければ、カウンターで一対一を仕掛けるタイミングが生まれる。体格的に不利なチームがスピードでディフェンスを抜こうとするプレーだ。よほどきちんと練習を積み重ねてきたのだろう。選手一人ひとりが作るパスとランとスクリーンのタイミングがぴたりと噛みあい、全体の動きにストレスがない。そしてふと拓けたゴールへの道を見逃さず、最後はきっちりとランニングシュートをものにした。
ギャラリーから声援が上がる。私と勇児の声も空間全体の空気に溶け込んでいくのが目に見えるようだ。
ふと、誰かが私の背中を叩いた。驚きのあまり思わず首をすくめた私が振り返ると、そこには女子バスケ部のメンバーがいた。おそらくこのあとに試合を控えているのだろう。ユニフォーム姿の彼女たちの肌が、ウォーミングアップの熱で桜色に上気していた。
「見に来てくれてたんだね」
一瞬でも相手の様子を伺うような心をもった自分を、私は恥じた。屈託を微塵も感じさせない皆の笑顔が、ただ真っ直ぐに私だけを見ていた。
「男子の試合、すごいよね。みんなよく動けてて」
私は言った。
「こんなにいい試合を見せられて、うちらも負けてらんないよね。次、第三体育館で試合だから、見に来て」
「うん、頑張って」
私に手を振り、あるいはじゃあねと声をかけて次の試合の準備にとりかかる彼女たちの姿に、私は自分の体のなかに絡まった糸がほどけるように安堵が広がるのを感じた。コートに体を向け直す途中で、隣で勇児がにやにやと笑っていることに気がついた。
「よかったな」
短いけれど、何もかもを知っているような勇児の口ぶりに、私は口元を歪めて笑って見せた。
『明日の私』第11章「なりたい私」(7)
