『秘密クラブ』に参加した効果があってか、日常生活の中に学習の時間を確保することが私にとって当たり前になっていた。夏休み中は各教科の学習内容についてこれまでの歩みを復習し直すことに力を入れた。その甲斐あって、夏休みが明けた直後の授業の内容からはしっかりと進学コースのレベルについていけるようになっていた。また、私が最も自分の成長を実感したのは、柏木が話すことの大筋をとらえることができるようになったと自覚したことだった。
九月の中旬、衆議院議員総選挙が行われた。その結果がマスコミ各社によって報じられた直後の『秘密クラブ』では、この話題が大きく取り上げられた。
「予想以上に現政権の大勝利で終わったな。勝つとは思ってたけど、あそこまで議席数をのばすとは思ってなかったよ」
柏木が地歴科・公民科両方の教員免許を持つ教師であることが影響していたのだろう。メンバー五人は皆、新聞記事から引っ張り出してきたさまざまな話題について抱いた疑問を、『秘密クラブ』の場で柏木に解説してもらう習慣がついていた。
柏木は手元に反故紙の束を引き寄せると、机の抽斗からボールペンを取り出して「衆議院」と書いた。
「まずは法案の採決について。今回政府が推し進めようとした公社の民営化法案は、一旦衆議院で可決された。ところが、参議院の会議にかけられる前にこの法案が否決されるだろうと見込まれていたため、その段階で否決するようなことがあれば衆議院を解散するっていうプレッシャーを首相が参議院議員にかけたんだ。そしたら案の定、八月八日に法案が参議院で否決された。そこで首相は予告通りに衆議院を解散したんだ」
白い紙にすべるように書き出された文字や図が、矢印や線によって次々に結ばれていく。その見事なまでのなめらかさに、『秘密クラブ』のメンバーたちは皆すっかり釘づけにされた。
「先生、否決したのは参議院なのに、何で衆議院が解散されなくちゃいけなかったんですか?」
誠が訊ねた。
「おっ、いいね。いい質問だ。そこが今回はイレギュラーなんだよ。普通だったら衆議院に差し戻されて、衆議院で否決されてから解散に踏み切る。それなら納得できるんだ。でも、今回は違ってた。衆議院での審議を待つよりも先に解散に踏み切った方が、有利に選挙戦を戦えると思ったんだろうな。でも、いくら参議院で否決されることが見こまれていたからといって、実際にそうなるとは限らない。現首相は事前に参議院が否決したときの衆議院に対する報復を宣言してしまっていたものだから、その理不尽さに対する反発も大きかった。ここではまず、法案可決の段取りと議院内閣制について整理しておこうな」
柏木はそう言って、また手元の紙面を文字で埋めていった。
当時はセンター試験と呼ばれていた大学入試の第一関門にいつ出題されてもおかしくないような語句が次々に並んだ。
教科書に出てくるような語句や表現は美夏にとっていつもどこかよそよそしく、現実に起こっている問題だとは到底思えなかった。しかし柏木によってテレビや新聞で頻繁に取り上げられている内容に結びつけて語られると、とたんに息を吹きこまれたかのような躍動をともなって私の記憶の中にすんなりと入りこんできた。
『明日の私』第12章「三者面談」(1)
