秋には高校生活最大のイベントとも言うべき修学旅行があり、さすがにその期間は学習から離れてしまった。しかし地元に帰ってきてすぐに、柏木と相談したうえで自分なりの学習プランを立てた。私は弘前城都大学を目指す決意をもう一度新たにすると同時に、その道の険しさをあらためて覚悟した。
クラスの全員を対象に行われる三者面談が年末に計画され、その場で美智子に驚かれないように、私が考えていることを事前に打ち明けた。誰の目にも高すぎる目標を掲げたかに見える私に対し、美智子がどんな思いを抱いたのかは分からない。
「教育学部を受けるつもりでいるの。中学の社会科の先生になるための専攻に。お母さんはどう思う?」
私の問いかけに応じた美智子の返事はたった一つ、いいんじゃないかな、というものだった。
地方都市で親一人子一人の環境下で生活し、子どもに地元の国公立大学を目指していると聞かされて嬉しくない親はいないはずだというのは単なる思い込みに過ぎなかったのか。そう思ってしまうほどに、私にとって美智子の態度は手応えのないものだった。
気のない返事をこぼす美智子の姿に、ふと、私の中に先日のいまわしい光景がよみがえった。異質に輝くビールの空き缶、白い灰、茶色い吸い殻。瞬時に湧き立つ疑念の嵐に胸を焼かれながらも、おずおずと尻込みする自分が歯がゆかった。もしかしたら美智子の親戚や友達の誰かが、私の留守中に訊ねて来ただけなのかもしれない。あてどない邪推に胸を締めつけられるより、今は美智子を信用してみようと心に決めたはずではなかったか。彼女が必ず、私の献身に報いてくれているはずであることを信じて。
私はもう一度気持ちを切り替えた。今は美智子と自分との間に信頼を築くことができるかどうか、そんな課題が目の前に突きつけられているときなのだ。
三者面談を目前にひかえて、私が心配していたのは自分が目指したいと考えている進路を柏木に否定されることではなかった。柏木に対しては、やる気を見せることができればある程度のリスクを許容してくれるような気がしていたからだ。むしろ美智子の無関心こそが怖かった。
教室でクラスの生徒に三者面談について説明した際、柏木は進路について保護者とよく話し合い、ある程度の希望を決めて来いと言った。進学であれば四年制大学や短期大学、専門学校を希望する場合が出てくるだろう。もちろん就職を希望する場合もあるだろう。要はそこに私たち生徒自身の進路に対する強い意志と、それをサポートする親の了解が必要不可欠だというのが柏木の見解だったからだ。ところが私の場合、この親の了解の部分で十分な成果が得られていないと、柏木によって判断されるような気がした。あの柏木のことだ。曖昧な態度で接すれば、たとえ生徒の保護者であってもしっかりとした意思をもって生徒たちの進路に立ち向かう努力を怠っていると思われ、強い口調で容赦なく諭されるだろう。私が実力に見合った志望を抱くにしろ、一つ上の目標に挑戦するにしろ、親の了解なしには前に進むことはできない。美智子の態度いかんで柏木の応援が得られなくなる可能性がある。そう思っただけで、私の心は凍りついたように冷たくなった。
『明日の私』第12章「三者面談」(5)
