『明日の私』第13章「反則」(1)

小説

 目標に向かう道のりは覚悟していた以上に険しかった。
 部活をしていないことから、推薦書と調査書と自己PR書に記入することができるような特徴を、私は何一つもっていなかった。
 例えば学級でトップの成績を維持し、評定平均値でずば抜けた結果を残していたとしても、それはあくまでも学校の中に限られた価値でしかない。外部に対してそれほど強く目を見張らせるものでもない。短期間で何か特別な資格や成果を得られるはずもなく、何もない自分がつくづく嫌になった。どうすればいいのか。思考が煮詰まった挙句、『秘密クラブ』で柏木に相談した。
 まず、相談するのが遅すぎると叱られた。
「自分で選んだ目標なんだから、相談があるなら自分からもっと早く言ってくるべきだろ? それを待ってたら、三者面談からもう二週間もたつじゃないか。もうそろそろこっちから声をかけなくちゃならないかと思ってたところだ。もっと危機感をもて。教室でも『秘密クラブ』でも顔を合わせてるんだから、相談ならいつだってできたはずだ」
 私はもっともな柏木の言葉の合間に、肩をすぼめて小さくなりながら「はいはい」と素直に相槌を打つことしかできなかった。
「今まで国公立大の推薦に受かった生徒たちのことを思い出してみると、何か特別な成果をおさめてる。直接俺が関わった生徒だけ見ても、錚々そうそうたるメンバーだ。例えばマイナーな種目だけど、馬術の障害競技で全国三位の生徒。帰国子女で日本語よりも英語の方が流暢な生徒。テニスのシングルスで県一位になって、全国大会にまで行った生徒。改めて考えてみると、美夏はどうしたらいいんだろうなぁ」
 どうするもこうするも、それを相談しに来てるんじゃないですか。声にならない言葉が、危うく私の口をついて出るところだった。私は泣き出しそうになるのを、制服のスカートの裾を力いっぱい握りしめながら必死にこらえた。
「自分自身が一番がっかりしてるんですから、もうこれ以上いじめないでください」
 そう言いながら、手の平にはじっとりと嫌な汗をかいていた。柏木は弱気な私の様子が予想通りであることに満足したかのように、ふふんと鼻を鳴らした。
「そこでだ、美夏さん。俺が準備した答えはこれだ。じゃじゃーん」
 言っていて自分で恥ずかしくはならないものかと心配になるほど、柏木は子どもじみた声を発した。この日も『秘密クラブ』に集まっていた他の四人は、それまで肩をすぼめて小さくなっていた私に気をつかってか、柏木と私のやりとりに耳をそばだてながらも我関せずの態度を堅持していた。しかしこの「じゃじゃーん」を聞いて、いっせいに顔を上げた。
「ボ・ラ・ン・ティ・ア」
 そう言いながら、例によって反故紙の裏にでかでかと書かれた文字に光明が差して見えた。
 私を含めた『秘密クラブ』の面々が皆、「おおっ」と短く低い感嘆の声を上げた。

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