『明日の私』第13章「反則」(3)

小説

 『津軽長寿園』の職員で私たち高校生のボランティアを受け入れる窓口が、柏木の教え子の渡辺さんだ。彼は丸々とした童顔に、見るからに人柄のよさそうな笑みを絶やさずに私に接してくれた。さらに、その渡辺さんに紹介されたベテランの介護士が葛西さんだった。
 四十代の半ばだろうか。葛西さんの容姿から、私は母親の美智子と同じような年齢だろうと推測した。老人たちの体を支える力がどこに秘められているのか不思議に思えるほど、その体格は女性としても華奢だった。
「うちは日勤が三日に対して夜勤が一日。夜勤の翌日が休み。施設によっては二日おきに夜勤に入らなければならないところもあるの。そうなると私生活なんかあってないようなもので、心も体もへとへとになる。何でもきちんとやろうとすれば際限なく仕事はあるの。でもどこかで線を引かなくちゃやっていけない。入所者に対するこの施設でのケアは、他に比べてかなり高い部類に入ると思う。でもそこには職員に対する厳しい要求が突きつけられていることも事実で、正直なところしょっちゅうきつい仕事だなって思うわ」
 しっかりと仕事に打ちこもうとする葛西さんの働きぶりを見るにつけ、身勝手な理由でまがいなりにもこの分野の仕事に関わらせてもらっている自分が、心底恥ずかしかった。それでも関わり続けなければ目指すものが何も手に入らない。少しでも葛西さんの役に立てるのであればなおさらいい。私はこれから約半年間にわたり、週一回のペースでボランティアをさせてほしいと改めて願い出た。葛西さんはほほ笑んだ。
「ここの経営者の渡辺君が受け入れることを決めてるんだから、私に拒否する権利はないわ。それに、私も楽しみなのよ。あなた真面目そうだし。何よりその身長で力がありそうだから。それに、慢性的な人手不足だからね」
「渡辺さんて、ここの経営者なんですか?」
 柏木に教え子だと聞かされていたからか、安月給でこき使われているような漠然としたイメージを勝手にもっていた。それがくつがえされて、私は素直に驚いた。
「そうよ。立場だけ考えればくんづけで呼ぶような相手ではないんだけどね。渡辺君て呼ぶのに慣れちゃって。ここを創った人の孫なのよ。そして、最近世代交代したってわけ」
「渡辺さんはどんな人ですか?」
「そうねぇ、一言でいえば優しい人かな。ありきたりだけど。でも、この仕事で一番大切なこと。それがあれば他には何もいらないっていうような」
 優しい人。
 はたして自分はどうだろうか。私は自問してみたが、うまく答えを見つけ出すことができそうになかった。  

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