「先生に相談したんだ」
「それで?」
私は柏木の対応が気になった。
「志望校を替えた方がいいんじゃないかって。例年通りであれば八人の中に特別進学コースの生徒もいるだろうし、進学コースの上位者もいる。まだ定期試験と模試で挽回するチャンスはあるけど、みんな必死で頑張るから差は埋まらないだろうって」
「そんなにはっきり言われたの?」
「うん。でも、かえってすっきりした」
「で、替わりにどこを狙えって?」
「まず、よく考えてみろって。自分が置かれた状況で進路を考えることも必要だけど、それだけでは自分で限界を設定することにしかならないって。もっと大切なのは自分がどうなりたいのかっていう、意思をしっかりもつことだって。勇児じゃないけど、私も自分なりの答えを見つけなくちゃね」
「そうそう、俺を見習ってね。しっかり考えなくちゃね」
勇児が茶化した。彼なりの思いやりなのだろう。
保奈美が初めに挙げた進路だって、彼女なりに考え抜いたすえの結論だったはずだ。合宿からの帰り道、自分の弱点である「家」を私に見せたことで、そこから抜け出す術を得ようとする意志を教えてくれたことからも、保奈美の決意をうかがい知ることができる。
自分なりに考え抜いた進路を突然切り替えろと言われて、落胆しないはずはない。それを感じさせない保奈美のすっきりと澄んだ表情は、保奈美自身の強さに由来するものなのだろう。しかしその陰に感じ取ることができるのは、柏木に支えられているという安心感が、保奈美の中に根付いているという事実だ。柏木は何か保奈美のツボにはまる、励ましの言葉でもかけたのかもしれない。
「みんなお気楽だよなぁ、指定校指定校ってさ。俺はこの時期から小論文の練習しなくちゃいけないって焦ってんのに」
それまで口を開かなかった誠が、いかにも皮肉たっぷりに切り出した。誠がAO入試で聖花大学の文学部を受験することを、『秘密クラブ』のメンバーは本人の口から聞いて知っていた。
「校内選抜に残りさえすれば大学に入れるなんて、俺にしてみたら天国だよ。聖花の文学部の書道科なんて、AO入試の倍率が例年十倍以上にもなるんだぜ」
幼い頃から書道を習ってきた誠にとって、大学で学びたいのはその道を体系的にとらえることだ。書道を学問として学ぶことができる大学は全国でも限られ、その道を目指す受験生が集中する。例年通り今年も高い倍率になることは避けられない。AO入試そのものは小論文と面接に限られるので、準備はしやすい。しかし、特に小論文には、高い倍率を勝ち抜くだけの完成度が問われる。誠は聖花大学の受験を決めた時点から、柏木の指導ものとで二日に一本のペースで八百字の小論文を書き続けている。
『明日の私』第14章「それぞれの道」(4)
