個々人の性格にもよることですが、口にするのがとても気恥ずかしい言葉があります。それゆえに滅多に話すことはなく、必要に迫られた場合にはよほどの覚悟が必要とされます。このような種類の言葉は、恋愛に関するものに多く含まれているように思います。「胸が張り裂けそうな想い」といえば抱え続けるのが困難なほどに大きく膨れ上がった恋愛感情が想像されます。なぜ苦しくなるまで抱え続けてしまうのかといえば、その想いを言葉として相手にぶつけた瞬間に、その結果が天と地ほどに二分されるからです。恋愛感情の告白は、そのことによって相手との関係が新たな前進を遂げるか、あるいは立ち直るのが不可能なほどに打ちのめされ、これまで良好だった相手との関係を壊しかねないリスクをはらんでいます。だからこそ生半可な気持ちで口にすることはできませんし、一度口にしたら取り返すことができない、言葉というものの残酷さを思い知らされることにもなるのです。
『恋愛会話』には、これは口にするのがなかなか難しいなと思わされるような台詞が数多く登場します。何せ恋愛会話なわけですから、相手との関係が劇的に変化するリスクを覚悟して口にするわけです。しかしそこには脚本家として数多くのドラマ作品を手掛けた著者だからこそ為せる技があります。意を決して口にした言葉が相手に上手くかわされたりはぐらかされたり、あるいは展開の良し悪しを含め、予想以上の影響を及ぼしたり、それこそ発した言葉の先に、感情の機微に富んだ結果が待ち受けています。会話のみで構成された短編は、「出会い」「恋と愛」「結婚」「男について」「女について」「幸福」の六つのシーンに分かれています。そのなかの「恋と愛」の冒頭には次のように著者の考えが書かれています。「英語で、愛はLOVEである。恋もLOVEである。日本語のように、恋と愛を分けるような繊細な表現は、英語にはない。(中略)恋は、情熱的で執着が強い。愛は、もっと穏やかで大きい。恋愛という言葉は、その二つを結びつけたものだから、すごいと思う。こんなゴージャスな言葉はない。恋愛という文字に、人が魅きつけられるのは、言葉そのものが、もともと、とても贅沢なものだからだ。しかし、現実は、言葉のようにはいかない。情熱的で穏やかで、執着が強くて大きいものなんて、現実にはない」。そんな前提に立ちながら描かれた短い物語は、その短さも手伝ってか、小気味よく、どこか懐かしい雰囲気をもっています。この懐かしさはどこから来るのでしょうか。私は二つの理由に思い至ります。
ひとつは、スマートフォンに代表されるようなデジタルツールが登場しないことに理由があります。私の手元にあるのは、1996(平成8)年に出版された文庫本です。携帯電話が普及していたにしろ、現在のスマートフォンほどには広く深く人々の生活に関わっていたわけではありません。物語を構成するツールにデジタルなものが描かれていない点が、私の中に懐かしさを感じさせているのだと思います。もうひとつは、登場人物たちのやりとりにかつての自分の姿が重なることに理由があります。これにはひとつ目の理由も密接に関わってくるのですが、かつて相手と顔を突き合わせて話をするか、少なくとも電話で言葉を交わすことでしか互いの感情をやりとりすることができなかった時代の、痛々しくも一生懸命だったころの自分の姿が思い出されるのです。例えば、夜に離れた場所にいる相手と話がしたいと思ったとします。よほど距離が近い場合でなければ、直接会いに行くことはできません。使うことができるツールは固定電話のみです。固定電話を使って、目的の相手と話ができるまでの緊張感を思い出すと、胸が締めつけられるように苦しくなります。まず、相手のお父さんが電話口に出たらどうしようと思うわけです。「こんな夜中に(まだ夜の8時くらいであっても)電話してくるなんて非常識な!」と叱られるおそれもあります。仮に取り次いでもらえたとしても、相手の顔が見えない、声だけのやりとりで会話が盛り上がるだろうかという心配が常についてまわります。初めて電話する相手に対してはなおのことです。受話器の先で何が起こるか分からないスリルは、今や過去の遺物と化してしまいましたが、あの、胸が張り裂けそうな緊張感は、今でも苦笑をともなって私の胸を温めてくれます。
文庫版『恋愛会話』に「解説」を寄せているコラムニストの山田美保子は、「自分の全てを伝えたくて、相手の全てを知りたくて、話しても話しても、話が尽きない。深夜、何時間、電話をしていたとしても、翌日のデートでは、また違う話をしている。こんな二人は間違いなく恋愛中であるし、これが恋人たちの正しい姿であるとも思う」と書いています。私はまさにこの考えに賛成です。若い男女の二人連れであってもお互いに相手を見ていない光景を目にすることがあります。身体が向き合っていない場合すらあります。何を見ているのかと思えば、お互いにスマートフォンの画面を見ているのです。そんな光景を目の当たりにして、二人で時間を過ごしている意味がるのかな、などと思ってしまうのは私だけでしょうか。見るべき相手は目の前にいます。相手を見ていれば、自然と聞きたいことも出てくるものです。初めからそんなに気の利いたことを口にしようとしなくても、ささやかな質問をしてみればいいのです。喫茶店であれば、「いつも紅茶? 俺はコーヒー。最近ようやく美味しいって思えるようになってきてさ」なんていうレベルでいいのです。どんな言葉からでも、会話の糸口を見つけることはできます。そこから相手をもっと知りたい、自分のことも分かってもらいたいと思えてくるものです。『恋愛会話』は誰かと話をすることの面白さを私に思い出させてくれました。ちょっとだけ艶っぽい気持ちにさせてくれる30編の物語を詰め込んだ、宝箱のような本です。穏やかな日曜日の午後に読むことをお薦めしたい、そんな一冊です。
44.『恋愛会話』 鎌田敏夫著 新潮社 平成8年11月1日
書評
