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二十四歳。記者としてだけでなく社会人として、あるいは大人としても駆け出しの年齢だ。
社会に与える影響が比較的軽い対象に関しては取材を任せられることもあったが、一戸達樹の大半の仕事は、先輩記者に同行するものだった。
達樹が勤務していた新聞社に聞き込みに行った捜査員の報告書によれば、達樹が社内で気軽に言葉を交わす相手は同期の田村雄一くらいのものだった。
もう一人、達樹の教育係を任されていた、同じ社会部の蓮見進一郎の名前が調書に残されていた。調書の内容からして、蓮見からは本格的な供述が得られていないように思えた。二月十六日、木曜日。桜田は蓮見に再度の鑑取りを申し入れた。
蓮見は三十代半ば。記者歴十数年の、いわば中堅に位置する。精力的な取材活動や記事の執筆に関して社内の期待を担う出世株でもある。そんな蓮見にとって、経験のない達樹は足手まといにしかならなかった。
「一戸は仕事の呑み込みは早かったですよ。でも、いかんせんあの無愛想な性格はね、どうにもならなかったなあ」
普段から話し過ぎる男の声がえてしてそうであるように、蓮見は潰れた声でそう言った。
「無愛想っていうのは?」
ちらと桜田を見遣ってから、蓮見は答えた。
「この仕事はいかにして相手に話をさせるかってところでしょ? 相手が気持ちよく話せるように相槌も打てば愛想笑いもするわけですよ」
「それができなかった?」
「ええ。記者としては致命的ですよ」
「じゃあ、一戸達樹が感情を表に現わしたり声を荒げたりすることは一切なかった?」
「それが、あるんです」
蓮見は組んでいた足をほどき、両足の太ももに左右それぞれの肘を衝いた。自然と、桜田の方に上半身を乗り出す姿勢になった。
「去年、社会面では年間の特集のテーマに『家族』を取り上げたんです。表情を顔に出すことが少ないながらも、一戸が乗り気なのは分かりました」
「何か、やりすぎた?」
「そうなんです。子どもに虐待を繰り返す父親に取材した時のことです。暴言を吐いてね、相手を怒らせちゃったんですよ」
蓮見によれば、その暴言とは以下のようなものだ。大人になり切れてない餓鬼が、家族を持つ資格なんかねーんだ。何が躾だ。自分の弱さをもっと弱い相手にぶつけて満足してるだけじゃねーか。馬鹿が甘えんな。
「凄まじい勢いでした」
一戸達樹の顔は八鍬の研究室で見ている。しかし、それはあくまでも死に顔だ。あの冷たく硬い口からそんな感情的な言葉がほとばしり出るような光景を想像するのは難しかった。
「一戸達樹のデスクは?」
「こっちです」
蓮見は椅子をくるりと回転させ、後ろを向いた。蓮見の右斜め後ろに位置する席が、達樹のものだった。白い花が活けられた花瓶が一つ、置かれている。
「あれからずっと、持ち回りで花を活け続けています。誰にしろ、現役の社員が殺害されるなんて、嫌なものでね」
桜田は蓮見の言葉を肩口に聞いた。この場所にはもう事件解決の糸口が何も残されていない。
「お話を聞かせていただいて、今日はどうもありがとうございました」
蓮見は椅子から立ち上がり、桜田に小さく頭を下げた。
「私にできることがあったらこれからも協力させてください。一戸は何かを掘り下げ過ぎたのかもしれない。しかしその口をこんなやり方で封じるなんて、許されることではありません」
その言葉に、桜田はこの男の真実を見たような気がした。
「有難うございます。そのときにはまたお世話になります」
桜田は部屋の出口へと向かった。
『永遠の花嫁』第一章「早雪」B9
『永遠の花嫁』
