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二月二十日、月曜日。昼前に八戸駅に着いた。岩手県を通り抜ける間に車窓から目にしてきた雪景色とは異なり、八戸駅周辺には雪が積もっていなかった。その代わりなのだろうか、風が強い。駅のホームに立つ人々がみな一様に首をすくめ、コートの裾を翻して立っている様子が、そのことを物語っていた。ここから新青森駅まで、新幹線に体を預け続けることになる。
東北新幹線、『はやて』は、十年ほど前に盛岡から先、八戸まで延伸された。さらに新青森駅まで延びたのが一年と三か月前、二〇一〇年の十二月だ。退屈しのぎに手に取ったJRの社内誌に、そう書かれていた。新青森駅で在来線に乗り換えた。その車中、新幹線とは異なる速度と振動、そして他の乗客に対する観察が、桜田を楽しませた。
「山脇はどこの生まれだったっけ?」
小さな間を埋めるために、桜田は口を開いた。ただの世間話だ。
「長野です」
「それなら寒さには慣れてるんじゃない?」
「家の前の雪かきはよくやりましたよ。父親がいなかったもんで」
窓の外を見ながら、山脇は言葉を繋いだ。その横顔は、成人式でスーツを初めて着た少年のように幼く見えた。
「お父さんとは、死別?」
何の気なしにそう訊ねた。
「いえ、ふいにいなくなったんです。私と母が捜索願を出しました。その後の失踪届けも」
「そう」
冬の日は短い。在来線が弘前駅に停車したとき、窓の外にはオレンジ色の黄昏が横たわっていた。その光景を綺麗だと思える。そんな現実の自分が、桜田は嫌いではなかった。
一戸達樹について話してくれた倉科には感謝しなければならない。何よりも倉科から預かった『一戸ノート』が捜査にもたらす影響は計り知れない。
それにしても。
桜田は倉科との会話を思い返してみる。倉科からは被害者の死を悼む様子が少しも伝わってこなかった。そればかりか、安堵すらしていたように思う。
重要な証拠たる『一戸ノート』を自分の手元に置いておくリスクを遠ざけたことに対する安堵。それは確かにあるだろう。それでもやはり、倉科の様子に桜田は違和感を覚えないわけにはいかなかった。
学校を訪れたのが夕方の五時。レンタカーのダッシュボードに埋め込まれたデジタル時計が、すでに九時を回っていることを知らせている。約四時間に渡って倉科と話していたことになる。集めることができた情報の量と質に照らし合わせれば、充実した時間だったと言うことはできる。
「誠実そうな、いい先生ですね」
山脇の言葉にはどこか険があった。
「あの機械的な態度が気になるわけ?」
「まあ、そうですね」
「分からないわよ。毎年何百人っていう生徒と関わっているわけだから。その仕事を何年も続けていれば、膨大な数の卒業生がいるんでしょうし」
倉科が勤める学校は一つの学年当たり八クラスの体制を取っている。学校全体で二十四クラスあれば、年間千人近い生徒が在籍していることになる。
「確かに。その卒業生の数だけ人生があるわけだから、死に直面するような生き方をしている人間だっているってことになりますけどね」
「そういうこと。特に、こんな時代だから。今までなかったような死に方だって出てくるだろうし」
『永遠の花嫁』第一章「早雪」B10
『永遠の花嫁』
