『永遠の花嫁』第二章「粉雪」A11

『永遠の花嫁』

 一階の廊下の突きあたりが食堂だという。入所者の居室と食堂との間にある階段を上ると、食堂の真上にあたる位置に図書室があった。引き戸を開いて室内に入る高橋に続き、倉科も足を踏み入れた。あの、古い本独特の匂いが全身を包み込む。そこに、互いに干渉し合わない十分な距離をとって、ぽつりぽつりと人影が浮かんでいる。
「ここも、静かなんですね」
 その静けさは音がないという以上に、まるで殻の中に音そのものが閉じ込められているかのように硬質だ。高橋は室内を奥へと進んでいく。倉科は周囲を注意深く眺めながらその背中に従った。
「あれは何ですか?」
 空いた書棚の一角に、数十冊はありそうなファイルと、何か銀色の機材が置かれていた。
「あれは点字を打つものです」
 社会的弱者のために働く人間を一人でも多く輩出したい。そんな設立者の意向に沿って、定期的に様々な講習会を開いている。点字は、そのうちの一つと位置付けられている。
 そう話す高橋の顔を見ながら、倉科の目はその先に掲げられた高さが三メートルはあろうかという書を捉えた。高橋の顔から引き剥がした視線を、その書に注いだ。そのことに気づき、高橋が倉科の視線を追いかけてきた。
「あれは創設者の書です」
 何も言わないまま視線を書に固定し続ける倉科に、高橋はそう言った。

『あなたは、年が若いということで、だれからも軽んじられてはなりません。むしろ、言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となりなさい。』
                     新約聖書 テモテへの手紙 第一章 四節 十二

 倉科は自分がついている一連の嘘に、首筋が寒くなるような羞恥を覚えた。(すみ)やかに知りたい情報を手に入れ、少しでも早くこの場を切り上げたい。そう思った。
「高橋さん。五年ほど前に弘前市からこちらにお世話になった、川村椿という女性について教えていただけないでしょうか?」
 出来るだけ他意を感じさせない、軽い口調で話したつもりだった。高橋は曖昧な笑みを浮かべた。
「いいですよ。でも、あまり多くのことをお話しすることはできません」
 高橋の表情が、倉科の問いを要求していた。倉科はそれに応えた。
「なぜです?」
「彼女もやはり、とても静かでしたから」
 高橋は微笑を崩さず、そう言った。
「孤独、でしたか? 彼女は」
 ステレオタイプに過ぎる発想だったかもしれない。施設に入っている少女が静かな毎日を送っている。そこには誰とも交わろうとしない、孤独な姿が似合うように思ってしまう。
「同じ年頃の子どもたちが毎日顔を合わせて食事をともにし、同じ学校に通っています。仲良くするように努力するもののようです」
 集団の中で複数の人間がそれぞれ一人でいる状態を、必ずしも孤独とは言わない。互いに孤立を守っている状態であっても、自分自身の中に落ち窪んでいくような孤独とは異なる。倉科は高橋の言葉に同意した。

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