その怖さを、父にも分かってもらいたかった。
しかし、父の前に端座したこのとき、優斗は一連の出来事に対して抱いた恐怖とはまったく別の感情に行き当たった。優斗が最も恐れていたことが起きようとしていた。
父という、慣れ親しんだ大切な人が離れて行ってしまう。
そのことこそが、優斗にとって新たな恐怖となった。
こんなにも怖い思いをするのなら、もう二度と友達を見捨てるようなことはしない。そう心に誓うことができた。だが、そこには「しるし」が必要だった。父も、その「しるし」をこそ思い描こうとしているのだと思えた。
ふと、父が目を開いた。
「優斗。歯を、食いしばりなさい」
優斗は父が言う通りにした。そして目を見開いた。次に何が起こるのか、きちんと理解していたいし、見ていたかった。父が言う通り、忘れないために。
数回にわたって膝を前に進めた父の手の平が優斗の左の頬に飛んできたのは、そんな準備ができた直後だった。
優斗の体が横に吹っ飛んだ。頬がびりびりと痛んだ。バチンと大きな音がしたが、それがなぜか自分に関わるものとは思えなかった。痛みの感覚の大きさに、最初の音などどこかに消し飛ばされた。頬の痛みは、まるでそこだけに巨大な昆虫が爪を立ててしがみついているような鋭さで肌に食い込んだ。その痛みは初めは皮膚の上に、時が経つにつれてどこか体の奥底に染み込んでいくように続いた。
優斗はすぐに起き上がった。もう一度父の面前に座り直した。
向き合った父は、悲しそうな表情をしていた。