「最初に旅行代理店を決めるとき、こちらから出した要望をはき違えてとらえてくる業者があったのにはびっくりしましたね」
望月が言った。
「どんな間違いですか?」
柏木が望月の言葉を受けた。
「まずは民泊を民宿と取り違えた業者がありました」
学校に出入りする旅行代理店の社員が、民泊の仕組みそのものを知らなかった。そのため、民泊を民宿での宿泊のことだと勝手に思い込んでしまった。
「民泊と民宿を間違えるって、よっぽど仕事に対する緊張感が薄い業者ですよね。二百人が民宿を希望する修学旅行って、有り得ないですよね」
さらに望月は、こちらから大まかな要望をまとめて伝えていたにも関わらず、それを無視して三年前の修学旅行のために望月が作ったプランとまったく同じ旅程を組んできた業者があったことについて話した。どこから情報を入手したのかは分からないが、かつて主任が作ったプランと同じならきっと採用されるとでも思ったのだろう。
「こうやって毎回反省点が出てくるんだから、同じプランで満足することなんか有り得ないのに」
望月はそう話した。
「まったく同じプランでっていうのも競争意識を感じないですよね。それ、どこの業者ですか?」
望月の口から、大手の旅行代理店の名前が挙がった。
「やっぱり、次は企画段階から一人でやってみたいなぁ。遣り甲斐、ありますよね」
若い教師たちが、次々と言葉を交わして笑い合う。そういった遣り取りのなかから前向きな声が聞こえてくると、自分も何かやらないではいられなくなる。自ら中心になって修学旅行を切り盛りしてみたいと、手を挙げたくなる。しかし、そうするわけにはいかない。
自分の仕事を貫こうとする望月の姿勢は、ときとして他者との間に軋轢を生むこともある。今話題に上がっている修学旅行を担当する業者の選定についても、結果的に望月学年では前回と同じ業者を使うことになった。このことから、ごく一部の間にではあるが、業者との癒着があるのではないかという噂も流れた。また、私立高校ゆえのジレンマなのかもしれないが、卒業生を入社させているのだから、もっと仕事を回してくれてもいいんじゃないかと漏らす業者もあったと聞いている。実際、職員室に出入りしている旅行代理店の営業のなかには、卒業生が数名含まれている。しかし今回使った業者には、地元の支店に卒業生はいない。
できる限り公正な入札制度を実施したことは望月が言っている通りだし、認識のずれや手違いを削り落としたところ、結果的に前回と同じ業者が残っただけの話だ。事情をよく知らない人間が、見えないところで憶測にまみれた噂話に花を咲かせる。正しいことをしている人間の粗を探し、足の引っ張り合いに余念がない。何て小さな集団なのだろうと思わされることがある。そんな小さな集団のなかにあって、常に正しく、大きくあろうとする望月のやり方が気に食わないという人間が少なからずいることも分かるような気がする。
要するに、妬ましいのだ。
自分が成し得ないことを実現する人間を見て、人は尊敬の念を抱くのと同時に嫉妬するものなのかもしれない。