人の頭を飛び越えて声が行き交い、料理が少しずつ運びこまれては空いた皿が下げられていく。その間に、皆思い思いに酒を注文しては杯を空けていく。
「もう私が取りまとめることもないですね」
望月は誰にともなくそう言うと、自らも箸を動かし、ジョッキを傾けた。
楽しい時が過ぎるのは早いもので、会が始まってもう間もなく二時間半を経過しようとしていた。望月が席を立ち、そのまま座敷を出た。柏木は障子に隠れて見えなくなる望月の背中が、トイレとは逆の方向に消えていくのを見た。おそらく二次会の会場を確保するために、携帯電話で連絡を入れているのだろう。
アルコール組はビールから焼酎や日本酒に切り替え、程よく酔いが回っていた。ソフトドリンク組はまったく酒が飲めない相馬を筆頭に、早く帰宅しなければならないために車で来ている女性陣が二人いた。アルコールが入っているかいないかに関わらず、皆が談笑している姿は見ていて気持ちがいい。
「どれ、そろそろお開きにしますか」
望月は席に戻って来るなりそう言った。
「では皆さん。宴も酣ではありますが、」
宴席から「えー」という声が上がる。その声は明るい。望月は皆をなだめるように、下に向けた手の平を上下させた。
「この辺で一次会を締めたいと思います。では、締めの言葉を丹藤先生にお願いします」
そう仕切った。学年副主任の丹藤は笑顔で立ち上がった。
「例によって主任からの無茶振りですが、もう慣れちゃいました」
そう言って笑いを誘った。
「もう簡単でいいでしょ? 修学旅行ご苦労様でした。一本締めで生きましょう。皆さん、ご起立ください」
全員がグラスを置いて立ち上がった。
「よー」
ぱん。
丹藤の掛け声に従って合わせた手の平が、広間に張りのある音を響かせた。
店の外では、丹藤が二次会に行くメンバーを待たせていた。支払いを済ませた望月が輪に加わると、集団がごそりと動いた。
今夜は満月だ。色とりどりの看板や街頭に薄められながらも、ひそやかに降り注ぐ月の光は柏木の足元を照らし出してくれていた。どこにいても、誰にでも、月は静かに光を与えてくれる。太陽よりも優しく、さり気なく。そんな月を、柏木は美しいと思う。
望月が予約を入れていたのは学年でもよく使う、慣れた店だ。前回はカラオケで盛り上がった。
一旦店に入ったものの、望月は準備していた祝儀を丹藤の手に握らせた。
「じゃあ、私は先に帰るから、みんなでゆっくり飲んで行ってください」
「えっ、主任も一緒に飲みましょうよ」
「今日はこれから野暮用があるんです。みんなで楽しんで」
皆が口々に望月を引き留めにかかった。
もしかしたら、望月は社交辞令のように感じているのかもしれない。しかし、皆が本気で残念がっていることを柏木は知っている。
望月は店のママに小声で何か短く言い含めると、素早く踵を返し、そこにいたメンバーに手を振った。
「じゃあ、お休み」
閉まるドアの隙間から、あっと言う間に望月の後ろ姿が消えた。ドアがガチャリと閉まる音が渇いていた。