蓮花10

小説

 皿の上に大葉が敷かれ、その上に茎と根を切り落とされたエシャロットが寝かされている。根元の切り口をしばらくの間みりんでのばされた麹味噌に漬けておいたのだろう。味の染み込み具合が見た目にも分かる。
 箸を手に、一つを摘まみ上げた。ほっそりとしたふくらみを噛んだ。しゃりりとした歯応えが楽しい。麹味噌の香ばしさと適度な塩味、みりんの甘さの次にエシャロットそのもののほろ苦さが加わる。時が時でなければ箸などは使わずに、手で食べたほうが粋だろう。そう思わせる潔さまでが美味い。
「このエシャロットの産地は福島です。日本ではタイやフランスからの輸入ものが多く出回っていますが、国内でも生産しています。国内産は圧倒的に茨城が多いんです。福島産はそれに比べればわずかですが、契約している農家のものをできるだけ使いたくて。気になりますか?」
 返答如何で、これから目の前に並ぶ料理の食材や産地が変わるのだろう。
「気にならないどころか、むしろ大歓迎です」
 震災から十年。十分な品質管理が行われていることは分かっている。これから直面する汚染水の問題も気がかりなところだ。現地を応援する方法があればと思ってきたところだ。
 東日本大震災に関連する地域の復興がどれほど進んでいるのか、佳佑にはよく分からない。しかし福島が抱える現実は、この先ずっと続いていく。その見えない未来に挑みたいと思っている人間もいる。大切な故郷を取り戻したいと考える人たちだ。
「それは良かったです。特にご要望がなければ、お任せいただけますか?」
「はい」
 あの人が頷いた。そしてカウンターと厨房とを分ける暖簾の向こうに、一旦姿を消した。しかしすぐに戻ってきて、あれこれと店のなかを動き回っている。
 佳佑が店に入ってしばらくすると、あの人は店先に出て早々に暖簾を仕舞った。コロナ禍だ。営業時間が限られているのだろう。店内にはいつの間にか佳佑一人が取り残されていた。
「上がったよ」
 厨房から声がかかる。その響きには若さと、どこかしら張りがある。あの人ははいと返事をし、暖簾を壁に立てかけてから厨房へと入った。
「どうぞ」
 佳佑の横に回り、着物の袖口を左手で押さえながら右手で蓋物をカウンターに置いた。
 そっと蓋を持ち上げてみる。まずは海老。彩り鮮やかなその他の食材のうち、正体が分からないものがある。
「ボタン海老と麗紅れいこうを使った温かい前菜です」
 顔を上げると、その微笑みにぶつかった。
「麗光は、みかんとオレンジを交配させて作った、新しい品種です。品種登録されたのは、二〇〇五年だそうです。特に鮮度が大切なのですが、今回は皮をバーナーであぶって焦げ目をつけることで香りを引き立たせたようですね。果肉は絞って、器の底に温かいピューレにして忍ばせています。宇土うども入れて主張の強い食材を一緒にしていますが、お互いに喧嘩しないように工夫しています。
「よくご存じなんですね」
「お客様にお伝えしなければなりませんからね。知らない食材については、事前に調べておくんです」

タイトルとURLをコピーしました