私立は公立に比べて一般的に学費が高い。美智子一人の収入から学費を捻出させるには遠慮があった。私は担任に相談した。
「硬式野球部とスキー部と剣道部には体育奨学生の制度がある。その他の部活動でも、優秀な生徒を採るための特別奨学生の枠が若干名分ある。お前の戦績なら、この制度が利用できるんじゃないか」
私は慈修学園高校の学校案内を見ている担任の手元を覗きこんだ。
「うちのバスケ部の顧問から問い合わせてもらおう。高校側だって県選抜のメンバーが入学するのは嬉しいことだろうから、うまくいくんじゃないかな」
私の顔が輝きを得たことに安心したのだろう。担任の表情もほころんだ。慈修学園高校から授業料全額免除の条件で私に入学のオファーがあったのは、担任との面談の三日後だった。
学費が免除されるなら喜んで慈修に行かせてあげられると言ってくれた美智子の顔を見たいたら、高校に進学することに対する実感が急に強まった。
「お母さん、ありがとう」
感謝の言葉がするりと口をついて出た。
「美夏の努力が実ったのよ。お母さんは何もしてない」
美智子の右手がそっと伸びてきて、私の左の頬を包んだ。その手は懐かしく、温かかった。
実際に入学してみて、自分の選択が決して間違いではなかったことを改めて確認することができた。特にバスケ部に入って、その実感を深めた。
練習中は、厳しさを隠さない監督兼コーチの教員、佐藤と、上級生たちの檄がとんだ。
いくら中学時代の活躍がそれなりに目覚ましかったといっても、高校生になったばかりの私に完璧なプレーなど望むべくもない。選手をしっかりと育て上げたいという意思があれば、指導者や上級生は当然厳しい声をかけることになる。佐藤と上級生たちは、私に対するそのための作業をけっしておろそかにはしなかった。だからこそ楽しかった。自分一人ではなく、チームメイトとともに上手くなって、チームそのものを強く育て上げている。そんな連帯感を手に入れることができた。
心底毎日の練習を楽しむことができたおかげで、学校生活そのものが高いレベルで充実していた。それがとても恵まれた環境であることにも気がつかないほど、前を向いて歩くことが当たり前の日々だった。
しかしそんな毎日を送るなかで、思いもよらない事故が私の上に降りてきた。しかも突然に。
先輩や同級生たちは入れ代わり立ち代わり病院に見舞いに来てくれた。その都度どこか必死さを感じさせるほどに一生懸命励ましてくれる姿に対し、私は弱音を吐くことなどできなかった。
「大丈夫、きっと戻れるよ」
真顔でそう言う彼女たちに、いくらリハビリに励んでもかつてのように体育館を走りまわることはできないと、事実を打ち明けてしまいたかった。しかし、うまく言えそうになかった。
「そうだね、きっと大丈夫だよね」
どこまでも手応えのない、綿菓子のようにふわふわと軽い言葉を吐き出すことしか私にはできなかった。
こんなふうに、自分を偽っていいのだろうか。私にとって「大丈夫」という言葉は、自分にも他人にも嘘をついているという罪悪感の源泉にしかならなかった。
彼女たちの慰めが、真綿のように私の首をしめた。
しかし、私以外の誰にも罪はない。これは私自身の問題だ。だからこそ、今度体育館に行くときには泣き顔など見せられない。仲間たちの負担になるような言動は避けなければならない。強くならなければならない。私はそう自分に言い聞かせた。