『明日の私』第4章「最高の試合」(3)

小説

 パスン、という乾いた音とともに、ボールがリングネットをすり抜けていた。その直後、ホイッスルの叫びが体育館にこだました。
 ファウルを宣告する審判のホイッスルを待っていたかのように、会場全体からわっと歓声と悲鳴が上がった。
 通常のシュートによる二点が加算されたうえ、ファウルによりフリースローが一本与えられた。まさに柏木の目論見通りの運びになった。
 緊張のなかで放たれたフリースローが、ごつごつとリングにあたりながらもネットをすり抜けた。センターのワンプレーで三点をもぎ取った。
 一点差。残り二分。
 残り三十秒まで一点を追う展開は変わらなかった。相手チームがランニングシュートを押しこみ、こちらがジャンプシュートを決めた。シュート成功後のスローインで試合が再開されたとき、残り二十五秒で一点差だった。
「何としてでもボールを奪って、残された時間で一点以上取らなければ負けてしまう。みんな必死にボールに食らいついた」
 相手としては無理に攻めるより、一点を守るためにきちんとパスを回してオフェンスの時間を使い切った方が無難だ。定石通りのゆっくりとしたパスワークが始まった。じりじりと試合の終了時間が迫る。
 残り二十秒。相手がセンターラインを越えて攻めてきた。しかし、点を取りに来るという攻めではない。自分たちのボールを保持しながら試合時間を使い切るために、そうせざるを得なかったという攻めだ。ボールマンの腰は高く、ドリブルのバウンドは大きい。
 ポイントガードがその隙を見逃さなかった。サイドラインにボールマンを流すように、低い姿勢で当たっていった。頃合いを見計らって、ウイングの位置でディフェンスにあたっていたフォワードが飛び出してきた。
「タイミングの絶妙なダブルチームだった。プレッシャーをかけられた相手はたまらずにパスを出した。でも、プレッシャーを避けてのパスだったから、ふわりと緩い、ループのかかった軌道になった。そのパスをエースが読んでいた。ヒュッと飛び出してきたかと思うと、ボールをフロントコートに弾いた。スチールに飛び出したそのままのスピードでボールに追いついた彼を、敵も味方もただ眺めていた。残り三秒で一点差。たった一人でランニングシュートに行くそいつの後ろ姿を、誰もがただ見送ることしかできなかった」
 自分の手で弾いたボールを自分の足で追いかける少年。
 そのボールを捕らえ、理想的な曲線を描いて走るしっかりと鍛えられた体。
 誰もが固唾をのんで見守るなか、リングめがけてランニングシュートの態勢に入るその姿。
 目をつぶれば私にも容易に思い描くことができるほど、痛いくらいにその試合の素晴らしさが伝わってきたことを覚えている。

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