「シュートが決まったのとほぼ同時に、試合終了のブザーが鳴った。その直後、世の中に音なんてもともとなかったかのように、ほんの一瞬だけすべての音が消えた。そして、観客席から地響きみたいなどよめきがようやく起こった。ノーシードがシード校を破ったんだ。しかも滅多に見られないような好ゲームで。盛り上がんないわけがないよ」
佐藤の話は続いた。
試合終了と相手ベンチへの挨拶を終えると、選手全員が柏木のもとに駆け寄った。全員といっても女子マネージャーを入れても八人だけだが、メンバー全員が寄ってたかって柏木を持ち上げた。男子部では恒例になっていた胴上げ。選手たちが、柏木に認められるような会心の試合をしたときにだけ自分たちに許す行為として、代々受け継がれている。皆が歓喜の渦のなかにいた。うちの男子部以外ではそんな光景は見たこともない。心技体、すべての要素が満たされた、ここ数年で最高の試合だった。佐藤はそこで話を閉じた。
練習後のミーティングとしては異例の長さだった。佐藤は約三十分もの間話し続けたのだ。しかし、誰も迷惑がってなどいなかった。ただその話に惹きこまれ、そんなチームを実現することに憧れた。
そんなベンチワークをする男が務めるクラス担任とはどのようなものなのか。バスケの指導者としては面白い存在なのかもしれないが、何でもかんでも勢いだけで押し通されてしまうのではないだろうか。期待する半面、不安が喚起されたのも事実だ。
新たに割り当てられた教室に向かうために、私は階段をゆっくりと上がった。怪我をして不自由な思いをしてきたからだろうか。松葉杖を必要としなくなった今でも、歩くにしても階段を上り下りするにしても、自然と右足をかばうような体重移動をしてしまう。外見上、他人は気がつかないかもしれないが、自分には分る。この癖とはいつ別れを告げることができるのだろうか。そのもどかしさを誤魔化すように、私はちょっと笑ってみた。
二年五組。
これから先、三年生に進級する際のクラス替えは基本的にない。少なくとも一年間、うまくいけば二年間の高校生活を送るであろう教室のドアの前に立った。中からにぎやかな話し声が聞こえてくる。ほとんどのメンバーが一年生からの持ち上がりで構成されたクラスだ。新参者の私がどこまで受け入れられるのかは分からない。しかし、不思議と顔がほころんだ。
ドアに手をかけ、ひと息に開け放った。東に面して広々と穿たれた窓からは、春の日差しが惜しげもなく降り注ぎ、教室のなかを光で満たしていた。