合宿二日目。エアコンの効いた職員室内のいつもの小部屋で、朝食後の約三時間を学習にあてた。その後解散する予定になっていた。
「ふーっ、ようやく終わったな。たったの一泊二日だし、俺は何をしたってわけじゃないけど、何だかえらく疲れたな。ようやく家に帰ってぐっすり眠れるかと思うとそれだけで嬉しいよ」
その日の午前中、部活の指導にあたっていた柏木が職員室にもどってきてそう言った。真夏の体育館に詰めていた柏木の後ろ髪には、汗の滴りが玉を結んでキラキラと光っていた。
『秘密クラブ』のメンバーも、何となく解放感に包まれているように見えた。おのおの両手を挙げて伸びをしたり、あくびで崩れた、緊張感のかけらもない表情を隠そうともしなかった。
「あっと言う間だったけど、楽しかったね。思ってたより勉強もはかどったし」
保奈美が珍しく華やいだ声を上げた。私も同感だった。バスケでは得られなかった高校での合宿の経験が、こんなふうに形を変えて実現したことに静かな胸の温かみを覚えた。
「勇児のいびきがうるさくて、よく眠れなかったけどな」
誠の指摘に勇児が作った渋面が、皆を笑わせた。
「さぁ、そろそろお開きにしよう。みんな気をつけて帰れよ」
いつまでも離れ難く、名残惜しそうに談笑する『秘密クラブ』のメンバーに、柏木がタオルで後頭部の汗をごしごしと拭きながらそう言った。
一泊二日という短い間だったが、それが現実味のない時間だったためか曜日の感覚をすっかりなくしていた。しかし、その日は美智子のパートが休みであることはしっかりと覚えていた。家では美智子が私の帰りを待ってくれているはずだった。昼食を摂らずに帰宅することを伝えていたので、前日の朝食以来の食卓を一緒に囲むことになっていた。
帰り道、外の空気は気温や湿度の高さの割にさらりと乾いているように感じられた。自転車のペダルを踏む足を早める気持ちになど到底なれず、通い慣れた農道をいつもよりも遅い速度で走った。
農道の入り口から途中まではリンゴ畑が続いている。リンゴは花の白を過ぎ、芽吹きの新緑を経て、今度は薄緑色の小さな実をつけ始めていた。下草に隠されてはいるが、木々の根を支える土が日光に照らされて踊っているのだろう。私の鼻腔に入りこんだ濃厚な匂いが、土たちの放つ汗の香りのように思えた。
農道の途中から出口までは水田が広がっている。秋には金色の稲穂を豊かにたたえ、ずしりと重く頭を垂れることなど想像すらさせない鋭さで、一本一本の稲が真っ直ぐに空を目指していた。かすかな風にさらさらと揺れる稲は、瑞々しく青い匂いを放っている。私は小さな胸に土と草の匂いを思い切り吸いこんだ。
『明日の私』第10章「保奈美」(1)
