人工の山だが、いつも何とはなしに目をとめていた。その日も自転車に乗りながら、何気ない視線を砂利の山に走らせた。すると、視界のすみに何か長細いものが映った。初めはただの紐だと思ったが、それが動いていた。初めて見るような、立派な青大将だった。
蛇はクネクネと身をくねらせながら前に進むのではなく、斜め前方に滑るように進むものなのだなと感心しつつ、つい目を凝らしてしまったのがいけなかった。十字路の真ん中で自転車の速度を落としていた。
自転車にまたがる私の右側に、多少減速したもののこちらも一時停止をおこたった赤い乗用車が突っこんできた。そのことに気がついた私は急いでペダルを踏みこもうとした。しかし、すでに遅すぎた。私は顔をこわばらせたまましだいに近づいてくる車とその運転手とを凝視することしかできなかった。
ハッと息を止めたまま、「こりゃだめだな」と、驚くほどのんびりかまえているもう一人の自分がいた。
一瞬がスローモーションのなかにあった。ドンという衝撃とともに車にはね飛ばされた。体がふわりと宙に浮いたのかどうかも分からない。ただ結果的に、交差点の真ん中から道路わきの草むらに向かって自転車ごと放り出されていた。
その瞬間、不思議と痛みはなかった。草むらにごろりと仰向けに落ちると、憎らしいほどにすっきりと晴れわたった青空が視界に飛びこんできた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに頭のなかが真っ暗になった。テレビの電源を切ったような、有無を言わせない強引な闇が、頭のなかに広がっていた。
救急車で運ばれているあいだのことはまったく覚えていない。
私は横たえられている救急車車載用のストレッチャーの脚が床に接地するさいの衝撃でガツンと目覚めさせられた。不幸なことだ。おかげでどことも特定できない、全身に走る痛みを無理やりに自覚させられないわけにはいかなかった。
さらに、病院の床は平らなはずなのに、怪我をしている一身にガタガタと不規則な振動を受け続けなければならない現実に無性に腹が立った。ゆっくりと薄く目を開くと、涙でゆがんだ視界のなかに光の線が現れては消えていった。おそらく等間隔で廊下の天井に並ぶ蛍光灯の光なのだろう。
「分かる? 名前は?」
病院の廊下を運ばれながら、しきりに意識の有無を確認された。川村美夏ですと答えたいのに、声が出なかった。私は現れては去っていく蛍光灯の眩しさに目を細めながら、口を動かそうと力をこめ続けた。しかし、唇を割って言葉が出くることはなかった。おそらくギブスか何かなのだろう。首を固定されていては、うなづくことさえできなかった。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
突如、思い出したようにうごめき始めた痛みのかたまりに、私は声にならない声をぶつけ続けた。本当に痛いのかどうか、実際のところは分かっていなかったのかもしれない。ただそうすることによって、自分の体の状況がよく分からないことに対する不安を感じないようにしていたのだろう。
横たわる私の顔の上で医師や看護師が交わす声を意味も分からないまま聞いているうちに、ストレッチャーは止まった。麻酔が打たれたのかもしれない。私はまた、眠りの世界の住人になった。目覚めたときの苦しみを予想もしないままに。