『明日の私』第1章「夏の失敗」(3)

小説

 普段の目覚めと何も変わらない、ありふれた覚醒だった。
 時間の感覚がなかった。部屋の明るさから夜ではないことは確かだが、朝なのか夕方なのか、判断がつかなかった。
 すべてが白かった。壁も天井も。
 頭のなかが不思議とすっきりしていて軽い。事故にあう前の記憶はすべて頭のなかの抽斗に整理されていたし、車にはね飛ばされる瞬間までの出来事は覚えていた。しかし、事故後に意識を失っていた間の記憶がなかった。
 今の自分がいったいどうなっているのか、事実を知るのが恐かった。しかし、何もしないままあれこれと思いを巡らせていることの方が辛かった。思考が悪い方へ悪い方へと押し流されて行ってしまうからだ。
 私は体の部位を一つひとつ動かし、怪我の有無を確認しようとした。
 ゆっくり、ゆっくり、焦らないで。はやる気持ちをねじ伏せ、体の各部に意識を走らせた。
 まずは頭から。きちんと思考することができているか?
 これから自分の体を確認しようというのだ。意識にも思考にも問題はなさそうだ。
 首は動くだろうか?
 おそらくは私自身の意識が戻るまでの処置なのだろう。何らかの器具で首を固体されているために自由に動かせるわけではないものの、力をこめることができた。右にも左にも曲げることができそうだ。このぶんなら医師との確認後に器具を取り外すこともできるのだろう。
 深呼吸をしてみる。胸や腹部に痛みや異常はなさそうだ。
 腰は?
 ベッドに横たわったまま、腰を浮かせようとした。
 痛い。
 もっつりと鈍い痛みが体の真ん中から周囲に広がった。その合間に、キリキリと刺すような痛みが走った。
 私は目をつむった。痛みがなかったはずの胸の内側から、何か硬い塊がふくれあがってくるのを感じて、息が詰まった。涙がまぶたを押し上げた。しかし、まだまだ確認しなければならないことがある。泣いている場合ではない。私はその塊を飲みこみながら、次の部位に意識を移した。
 左腕は?
 痛みはあるが、動く。そっと掛布団の上に出してみる。包帯が巻かれてはいるが、指先まで私の意志のもとに正確に動く。きっと打撲か擦過傷なのだろう。軽い怪我なのだと自分を慰めた。
 

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