病室のドアをノックする音がした。私の返事を待たずにドアが開かれた。そこには白衣の看護師と、美智子がいた。
「あら、起きてたのね。一昨日はたいへんだったのよ。覚えてるかしら」
看護師が私の顔を覗きこんだ。二日前から私のことを知っている彼女は、私にとっては初対面の相手だ。童顔に小柄な体つきが手伝って、高校生になったばかりの私とそれほど変わらない年恰好に見える。そんな他愛のない考えをもてあそぶことで、ほんの少しでも現実から目をそらすことを試みたものの、そううまく望むような結果は得られなかった。こめかみに涙のあとを残したまま身じろぎすることもできない。そんな自分から逃れる術など残されているはずもなかった。
「麻酔のせいで昨日は全然意識が戻らなかったから、お母さんが付き添ってくれてたのにも気がつかなかったでしょう」
看護師は検温や術後の経過確認をこなし、手元の用紙に結果を記録した。そのうえで十時には担当医が往診すること、その結果に問題がなければすぐにでも、まだ済ませていない各種の精密検査を行う予定であることを伝達して病室を出ていった。その間、美智子は何も言わずに看護師の手元をぼんやりと眺めていた。
看護師が病室を出ていくと、美智子は私のベッドと壁の隙間に立てかけてあったパイプ椅子を引っ張り出し、腰をかけた。
「警察から連絡が入ったときにはびっくりしたのよ。命に別状がないって聞いて、ひとまず安心したけど」
美智子の視線が私に注がれる。
「どのくらい入院しなくちゃならないのかな?」
私は努めて静かに、美智子にそう訊ねた。
「担当のお医者さんの話だと、入院そのものは二カ月半くらいだって。右の手足の骨をビスで留めてるらしいの。骨が定着したら、リハビリを始めるんだって」
硬く冷たいギブスによって守られた私の手足には、まだ見ぬ傷跡が生々しく貼りついているのだろう。そのことを想像しただけで、全身から体温がすっと奪われていくような悪寒を覚えた。一方、今回のことに対する美智子の感情はどこにあるのだろうか。私にはそれが読み取れなかった。
「夏休みを、ここで過ごすことになるんだね」
私は笑うつもりだったのに、涙がおおいかぶさって、うまく笑わせてはくれなかった。胸にこみあげる嗚咽を抑えることができなかった。この事実を現実だと信じたくなかったからか、涙を流している自分をどこか遠くに感じた。
美智子がパイプ椅子を立ち、私が横たわるベッドの端に座った。身を乗り出して、寝ている私の体におおいかぶさるように、肩をキュッと抱きしめた。そして「大丈夫。きっと良くなるから」と、そのひたった一言の慰めを、私の耳元でささやいた。