べたりと貼りつくような残暑の中を、時折乾いた風が吹きわたっていく。その流れにわずかながらに香る秋が、私の頬をさらりと撫でた。息をつく暇さえ与えてくれない強さでのしかかっていた夏が、いつの間にか私の体から離れていた。少しだけ大きく息を吸いこんでみる。しんとした清涼が肺から全身に染みわたるのが、冷たい。
私は昇降口を入った。土曜日の朝、休日のはずなのにどこかしら空間が色づいて見えるのはなぜなのか。答えはすぐに見つかった。人が多い。そして、声が切れ目なく空間に満ちている。下足ロッカーの前に立ちながらぼんやりとその空気を感じていると、生徒が一人、外の光を背負った影となって昇降口を通り抜けてきた。勇児だった。
「おはよう」
そう言いながら作ろうとする勇児の笑顔は、どこかぎこちない。
「おはよう。何だか、いつもと違うよね」
「俺?」
「ううん、ここ」私は頭の上で右手をぐるりとまわして見せた。その仕草に学校全体がという意味をこめた。「今日、何かあったっけ?」
「昨日柏木先生が言ってたじゃないか。試合だって」
「ああ、そうだったね」
なんだか間の抜けた返事をしてしまった。自分を保奈美みたいだと感じて、笑いがこみあげた。
「そういえば昨日の『秘密クラブ』で、会場校だからずっと第一体育館の教官室にいるって、先生が言ってたもんね」
もうすぐ午後の一時半になる。バスケットボールに関していえば、大抵の大会は朝八時会場で九時から第一試合が始まることになっている。一試合を一時間半と計算して日程を組んでいるはずだ。今は第四試合が始まったばかりのはずだ。うちのチームが第一試合か第二試合で初戦を突破していたら、このタイミングで二回戦を戦っている可能性が高い。妙な酸っぱさが胸の奥からこみあげてくる。私は勇児とならんで階段を上がりながら、何とはなしに気が塞ぐ自分を感じてうつむいた。
「美夏は、バスケにはもう興味はないの?」
私の顔を浅く覗きこむようにして勇児が言った。
「どうして?」
「いや、ずっとやってきてたって聞いてたから」
「誰に?」
意図せず語気が強くなった。別に隠していたわけではない。この学校に入学した意味もバスケにこそ見い出していたわけだから、私がバスケに励んでいる姿を周りの人間が知っている方が自然だ。ましてや、変わり映えのない小さな集団の中にいて、大怪我をして夢を絶たれた私の物語が様々な尾ひれをともなって語られていても不思議ではない。私の過去を誰が勇児に話して聞かせようと、興味などなかったはずだ。
「いや、気に障ったならごめん。嫌なこと訊いちゃったよな」
勇児がしょんぼりと肩をすくめた姿に、私は自分の不甲斐なさを知った。
『明日の私』第11章「なりたい私」(1)
