「勇児、ごめん。あたっちゃって」
「いや、俺の方こそ、ごめん。人づてに聞きましたっていう態度も、逆の立場だったらムカつくよな。自分の目で見て、耳で聞いて知ってたことなのに」
「どうして?」
「いや、ほら、六時間目が終わって放課後の講習が始まるまでの休み時間に、俺たちいつもバスケやってるから。そのあと女バスが練習始めるじゃないか。入れ替わりに美夏が体育館に入っていくところをいつも見てたんだ。それがすごく楽しそうでさ。だから覚えてた」
身振りを入れながら必死に説明しようとする勇児の姿に、私はちょっと笑った。
「バスケは、やっぱり今でも好きだよ。怪我をしてできなくなったのは自分のせいだから、それを理由にバスケを嫌いにはなれないよ。でも、見てると苦しくなりそうな気がして、怖いの。それに、今やらなくちゃならないことは他にあるから」
「そうか。何だか、分かるような気がするよ」
そう言った勇児の笑みは、どこかぎこちなかった。
いつもの部屋にたどり着くと、『秘密クラブ』にはもうすでに他のメンバーが集まっていた。皆で朝の挨拶を交しあい、私も鞄から教材を取り出した。机に向かったが、しばらくするといくつもの壁で仕切られているはずの空間にまで、掛け声とボールをバウンドさせる音とが響いてくる。会場が試合で使われるようになると、次に試合を控えた各校の選手たちは、廊下やホールなどの空いたスペースを見つけてはウォーミングアップを始める。それに関連する音が、わずかな振動とともに私の体を刺激する。
『秘密クラブ』の他のメンバーは、環境の変化をまったく意に介していないようだ。学習に集中している。私だけがそわそわと落ち着かない時間を過ごしていた。心と体とがうまく噛み合っていないような違和感が残る。私は席を立った。
「どうしたの?」
何かに苛立つ私の姿に、保奈美が語りかけた。
「なんだか落ち着かなくて。みんな気にならない? この音」
私が問いかけると、その場に居合わせた全員が耳を澄ませた。
「気になるって言えば気になるけど、音は十分に遠いよ。俺は別に大丈夫」
誠は私の問いに答えたが、すぐに手元に視線を戻した。
他のメンバーも自分の世界に戻っていった。再び腰を椅子に下ろそうとすると、勇児の視線とぶつかった。座りながら、彼の唇が動くのを私は見た。
「美夏、体育館に行かないか? 二十分経っちゃったけど、今、ちょうどうちの学校が試合をやってるはずなんだ」
「えっ?」
伺うような促すような誘うような、勇児の目が不思議な力をこめて私を動かそうとする。私は体にうまく力が入らず、戸惑いの中にいた。
「ちょっとだけ行こうよ。俺、バスケの試合って見たことないんだ。見ながら解説してくれよ」
そう言いながら勇児は椅子を立っていた。誠と哲也が無言のまま勇児を見上げた。勇児は先に立って『秘密クラブ』のドアを開け、部屋の外に出た。ドアをおさえ、私が来るのを待っている。
私は席を立った。
『明日の私』第11章「なりたい私」(2)
