職員室のドアを開いて目の前にのびる廊下を行くと、次の試合に備えてウォーミングアップする他校の女子チームに出くわした。校舎内だからだろう。ランニングの際に掛けあう号令も遠慮がちだ。
体育館に近づくにつれ、応援の声がしだいに大きくなる。バスケットシューズが床を蹴る音が聞こえてくる。私を取り囲む空気が熱を帯びてくる。私の手には汗がにじんでいるのに、顔には自然と笑みが湧き出してくる。
「二階のギャラリーに上がればいいんだよな?」
勇児の声が遠くに聞こえる。私は黙ってうなずいた。
私と勇児は体育館の横の階段を上った。ギャラリーのあるフロアに着いた。目の前のスチール製のドアを押し開けば、もうそこは試合の空間だ。勇児がドアに手をのばし、ノブを回した。ぐんと押し開くと、最初に光があふれた。間を置かず、勇児の背中越しに重なりあった声が押し寄せてくる。じめりと熱く湿った空気が、赤く、目に見えるような厚みを帯びて私の体に絡みつく。
フロアには二面のコートが作られていた。その周りを囲むように中空にせり出したギャラリーには、大勢の観客がひしめいている。ドアの近くには空いたスペースがない。勇児は観戦することができる場所を探して、コートの側面に沿ってのびるギャラリーを歩き始めた。私はそのあとについていった。目の前に他人の群れがある。勇児は歩きながら左手を後ろにのばし、私の制服の右袖を掴んだ。私をそっと引き寄せると、自分の体で守るようにしながら群れをかき分けて前に進んだ。やがてセンターラインの延長線上に、やっと二人分のスペースを確保することができる場所を見つけた。私と勇児はそこに体を押しこめた。
「すごい人だな」
体を動かしたことで発生した熱に頬を上気させながら勇児が言った。
「十一月の県大会の、シード権がかかった試合だから」
私は知っていた事実をようやく口にした。何か、どこかが痛い。空気が薄い。カプセルの中に閉じこめられているような、そんな息苦しさが私を締めつけて離さない。私は失われた機能を取り戻すかのように鼻から大きく息を吸いこんだ。生温かな塊が肺に流れこんでくる。今度は口を薄く開けて息を吐き出した。体をおおっていた余分な力が、メキメキと引き剥がされていくのを感じた。
よし、これでもう大丈夫だ。
私は両手の指先をそっと手すりの上に置いた。そして身を乗り出してフロアを見下ろした。私のちょうど真下に、柏木の頭があった。
青いユニフォームのチームの胸に、私たちの学校の名前がプリントされている。白のユニフォームをまとった相手は、この年の高校総体で県四連覇を達成したチームだ。県内でも選りすぐりのプレーヤーが集まっている。中学の選抜メンバーだった私には、このチームの選手の中にいくつもの知った顔があった。私と同じ学年の県選抜メンバーが、申し合わせたように強豪校に集まった。高校総体を当然のように制して、全国大会に出場するために構成されたようなチームであることは、誰の目にも明らかだった。選手一人ひとりの力量を比較すれば、チームの格の差が明らかな対戦カードだと言っていい。
『明日の私』第11章「なりたい私」(3)
