「あの六番、齋藤だよな? 普段と全然違わねえ?」
勇児が、クラスメイトの齋藤の動きに目を見張っている。
「そうだね」
私はフロア全体の動きを早くつかみたくて、意識を集中していた。コートから目を離さないまま、勇児の言葉に曖昧に応じた。
そのまま攻め切ることができないと分かると、センターはもう一度ガードにボールを戻そうとした。これがゆるいパスになった。このパスを青チームのガード、齋藤が読んでいた。白チームのガードの前にすばやく移動すると、まるでボールが吸い寄せられるように彼の手の中に収まった。
味方がボールを奪うことが予測できた瞬間に、青チームのメンバーがコートの両サイドを走っていた。一瞬にしてスリーメン速攻の形ができあがっている。ここからの展開の早さが、柏木が率いる青チームの真骨頂だ。この展開にもちこむことができるのも、一つ前のディフェンスがうまく機能したからこそだ。
ソーンディフェンスの弱点となるはずの場所は、相手チームのオフェンスが最も自信をもって攻めてくるポイントだ。そこにあえて罠を仕掛ける守り方が見事なまでにはまった。
先生、うまいな。
私は全身を会場の熱気に包まれながらそう思った。知らないうちに手が震えていた。
手すりから身を乗り出して真下をのぞきこむと、柏木がベンチエリアの端っこにしゃがみこんで選手たちの動きを注視する、その背中が見えた。
ほどなくして第二クウォーターの終了を告げるブザーが鳴り響いた。私が体育館に来てからのたった二分間、点差はそのままだ。格上の相手に、ディフェンスがしっかりと機能している。
選手たちがそれぞれのベンチに戻ってくる。柏木はまず、選手たちをベンチに座らせた。作戦板を手に選手たちの前に膝を折る。彼らが見やすいようにするためだ。
選手の目線に立ってやるべきときと、そうだないときのメリハリをつけなければならない。
いつだったか『秘密クラブ』で柏木が口にした言葉が、私の中に甦った。
作戦板の上に五つの磁石が配されているのが見える。その形が三ー二ゾーンの陣形であることから、第三クウォーターも同じ作戦で臨むのだと思えた。ところが、柏木は作戦板の上の磁石の位置を次々と変えていった。
ハーフコートの三ー二ゾーンをそのまま真っ直ぐにコート全体に引きのばすような陣形を作った。ここで守りに入らず、あえて相手チームにフロントコートから強いプレッシャーをかけるディフェンスを敷こうとしている。次のクウォーターで相手の陣地から勝負を仕掛けることで、早いタイミングでボールを奪って得点を重ねたい。時間に制限がある種目だからこそ、できるだけ早く点差を縮めるための守りが必要だ。作戦板を食い入るように見つめる選手たちは、このゲームプランを当然のことのように受け入れている。柏木の指示に一人ひとりがうなずいているのが分かる。
『明日の私』第11章「なりたい私」(5)
