最後に、柏木はベンチに座る選手全員の顔を見回した。選手たちは暗い表情をしていたのかもしれない。私の位置からは柏木の顔しか見えないが、次の言葉がそのことを想像させた。
「何をそんなに深刻な顔してんだ。そんなに固くなってたら入るシュートも入らなくなる。何も怖がるな。大丈夫だ。今までやってきたことを出し尽くすだけだ。全力を出し切った結果であれば、勝敗はどっちだっていいじゃないか。未来は自分たちの手で作るもんだ。そのことを学ぶための試合だと思え」
選手たちにそう言い聞かせた柏木の表情は明るかった。
「この前、坂田が告白してフラれただろ? あの告白を成功させるよりも、この試合で勝つ方がずっと楽だって思わないか? な、坂田」
そう言って、柏木は笑った。
「えっ? 何で先生がそんなこと知ってるんすか?」
選手たちの間からどっと笑が起こった。柏木がその場を離れると、皆が坂田という名の控えの選手を小突いて笑いあった。
「柏木先生は生徒の力を引き出すのが本当にうまいね」
観戦を始めたときに私が試合時間をたずねた隣りの男性が、独り言のようにつぶやいた。
「え?」
私はそれが自分に向けられた言葉なのかどうかを確認するために、問い返した。
「君はこの学校の生徒さんだろ?」
「はい」
「この試合だって実際に勝つのは難しいけど、もっと点差がついているはずだ。普通に考えて。それをこの点差で抑えてるんだから、たいしたもんだ」
「そんなにすごいんですか?」
私は自分でもそう思っていながら、あえて訊ねた。
「並の選手たちって言ったら失礼だけど、これまであまり活躍してこなかったような選手たちに二倍くらいの力を出させちゃうんだから、怖い人だよ。選手たちに高校生として一番大切なことをきちんと教えている証拠だ。この学校のバスケ部では体育奨学生を採ってないけど、仮にもともと能力の高い選手をもたせたら、県内で一番怖い存在が柏木先生だっていう人たちが一定数いる。僕もそう思う」
あと三分でハーフタイムが終わることを告げるブザーが鳴り響いた。次の試合のウォーミングアップのためにコートに入っていた選手たちが、挨拶をしてコートを空けた。入れ替わりに現行の試合に関わる選手たちがシュート練習を始めた。試合再開一分前に集合の号令をかけたマネージャーの声が響く。選手たちは再び柏木を囲んで円陣を作った。今度は選手たちの顔が見える。その表情はどこか明るい。今度は柏木の声が私の耳には届かなかったが、その言葉に選手たちが真剣に聞き入っているのが分かる。そして、一つ大きく声を合わせると円陣から柏木が抜け、輪が小さく絞られた。一人ひとりが右手を高々と突き上げ、体を寄せあった。その中の一人が輪から抜けた柏木に気がついて振り返った。一人分のスペースを改めて空け直している。柏木を呼んでいるのだ。柏木が渋々と選手たちの輪に戻る様子に、ギャラリーの観客たちの間からも笑いが起こる。柏木が再び円陣に加わると、キャプテンが声を出し、皆がそれにあわせて気合を入れた。
『明日の私』第11章「なりたい私」(6)
