『明日の私』第12章「三者面談」(2)

小説

 私は素直に、やっぱり柏木はすごいなと思わされた。
 本人が意識しているかいないのかは分からない。しかし現実的に、注意散漫でよそ見しがちな私たちを政治や経済という堅苦しい話題に対して夢中にさせる力を発揮することができている。この力はそうやすやすと手に入れることができる類のものではない。柏木にはいとも容易たやすくそのことが実現できているように見えた。
「さあ、そこでいよいよ選挙戦に突入するわけだ。小選挙区比例代表並立制についての知識は完璧か? 全員にちょっとずつ質問しながら話していこうな。じゃあ、まずは誠。誠たちが住んでるこの県は、いくつの小選挙区に分かれてる?」
 誠が四つと答えた。柏木はそのことを肯定し、さらに選挙制度の説明を進めた。
 厳密な意味では授業と呼ぶことができない時間ではあるのだが、これ以上に楽しい講義を私はこれまでに受けたことがなかった。皆が頭を寄せあって柏木の手元を見つめ、質問を投げかけられては考えこみ、それでも答えた。誰もがすっかり柏木の話に引きこまれ、夢中になって知識を吸収しようとした。
「うわっ、すげー。先生、政治家になった方がいいんじゃないですか?」
 勇児が素っ頓狂な声を上げた。
「ははは、こんなの高校の授業で扱う政治経済の知識をしっかりと身につけてるだけで、誰にでも話すことができるレベルだ。俺みたいな奴は政治家になって日本を動かすような立場にはなれないよ。傍からぶうぶう文句言ってる方が性にあってる」
 柏木はさも愉快だというように声を上げた笑った。そして、今の話で分からないところがあったら後でしっかり調べておけとつけ加えた。
 私はもっと柏木の話を聞いていたかった。
「先生。先生は今回の総選挙でどんなことを考えました? 漠然とした質問かもしれませんけど、何でもいいから教えてください」
 そう言って、私は柏木の言葉を引き出そうとした。
「公社の民営化を柱とする首相の改革路線は、もともと政党のなかで一番有力だった派閥との権力闘争のなかから生まれてきたものだっていう見解がある。この見解が的を射たものなら、首相は党の問題から日本全体の問題へと議論の場をすりかえて、公社の民営化を国民的な改革の象徴に押し上げてしまったことになる」
「党内の意見の違いっていうレベルの問題が、国民を巻きこんだ範囲に拡大されてしまったっていうことですか?」
「そんな見方をすることもできる。今回の選挙の一連の問題は、すべて首相の『私』の思いが政治の表舞台に現れて来たように思えてならないって意見が、政治に詳しい立場の人たちのなかから出てる。まあ、『私』の思いが反映されない政治なんかありえないから、それが『公』にとっても必要だと国民を説得できたのであれば問題はない。だけど、納得させることができたとは思えない。国民の理解を引き出す段取りをすごくないがしろにしてしまったように思う。国民も国民で、公社の『民営化』イコール『望ましいもの』という単純で明快な図式に安直に乗ってしまって、その先のことを考えていないように思える」

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