『明日の私』第12章「三者面談」(6)

小説

「弘前城都大学を受験したいって、三者面談のときには柏木先生にも話さなくちゃならないんだけど、お母さんが了解してるかどうか確認されると思う。そのときに、先生の前ではっきり認めてもらいたいの」
 美智子には、柏木の前で消極的であいまいな態度をとってもらいたくはなかった。

 冬休みに入って間もなく行われた三者面談当日は、空が分厚い雪雲におおわれていた。そして昼過ぎには雪がはらはらと舞いはじめた。降りはするが積もらない雪が私の足元を困らせることはない。私だけがそわそわと落ち着かない空気に包まれていたのは雪のせいではない。
 進路について自分が考えていることを柏木に話すのは初めてだ。あの、すべてを見透かしてしまうような柏木の涼しい眼差しが怖かった。
 面談会場として柏木が確保していた教室に、私と美智子は十一時五分前に到着した。部活の指導にあたっていた柏木は、十一時ちょうどに教室に現れた。
「お待たせしてすみません。担任の柏木です。今日は寒い中、来ていただいてありがとうございます。部活動中だったのでジャージのままで失礼します。さっそく始めましょう」
 柏木の勢いに気圧けおされたのか、美智子は挨拶ともつかない頭の下げ方をした。私は内心、おいおい頼むよと、予想通りの心配事に見舞われた自分を憐れんだ。
 柏木はこの面談の場で、進路に関する三者間の合意を得たいと説明した。本人の希望、保護者の了解、担任の後押し。この三つがうまく噛みあわないと、達成することができるはずの目標も実現できなくなってしまうと言って。
「美夏はどうしたい?」
「弘前城都大学を一般推薦で受験します。それでだめだったらセンター試験を受けます」
 柏木の率直な問いかけに、私は淀みなく答えた。
 柏木は私の目をじっと見た。私はその視線に真っ直ぐに応えた。彼がなずいたことに私はほっと息をついたが、まだ美智子の返事が残っている。表情を崩すことはできなかった。柏木は、今度は美智子に目を向けた。
「お母さんはその考えに賛成されたんですか?」
 保護者に対する一定の敬意を払った、落ち着きの中に穏やかさを含んだ視線と言葉が優しかった。
「はい。できる限り本人の希望に沿うようにしてあげたいと思っています」
 予想していたよりもずっとはっきりとした口調でそう言い切った美智子に、私は心底ほっとした。あまりに気が抜けて目尻に涙さえにじんだ。
 柏木はまたうなずくと、分かりましたと答えた。しかしそう言ったきり、腕組みをしたまま黙ってしまった。私にとって不安この上ない沈黙の時間は、おそらく十数秒間に過ぎなかった。しかし柏木の次の一言を待つ身としては、五分にも十分にも感じられる長い時間となった。

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