『明日の私』第13章「反則」(5)

小説

「いや、そうじゃなくて。何て言ったらいいのかな」
 思わず笑ってしまった自分を仕切り直すように、勇児は頭をかいた。私の鈍感さが、勇児の困惑をさらに深めた。
「君の、ことが、好きなんだ。だから、俺とつきあってくれないかな」
 頭頂から溶岩が噴き出しそうなほど、勇児の顔は赤く火照っていた。
「私のどこを見て、そんなふうに思ってくれるようになったの?」
 ひどい問いを返したものだ。自分で訊ねておきながら、戸惑う勇児を前にそう思った。ただ、純粋に知りたかった。
「うーん」
 告白に対する答えよりも先に出された問いかけに、さらに困惑してうなだれる勇児が、何だかとても可愛らしく見えた。
「一生懸命なところ、かな」
 私は目を見開いた。
「一生懸命? そうかな、私、一生懸命かな?」
 勇児から返ってきた意外な言葉に、私は思わず聞き返していた。
「それで、どうだろう? 俺とつきあうってのは」
 勇児はさらに顔を赤らめた。
 今さら茶化したり、はぐらかしたりすることはできない。私は慎重に言葉を選んだ。勇児が傷つくことを恐れたからではない。断るのだ。相手が真面目に言い出してくれたことであればなおさら、傷つけずに済ませることなどできない。勇児との関係をこれからもなめらかなものにするために、言葉を選ぶ必要があった。
「勇児君。私は、あなたつつきあうことはできません。私はあなたのことが好きだけど、それは友達として。どうしてもそれ以外の関わり方ができそうにないの。だから、ごめんなさい」
「もしかしたら、好きな人がいる?」
「えっ?」
「柏木?」
 私は瞬きひとつすることができず、真っ直ぐに勇児の目を見た。私の目とほぼ同じ高さにある勇児の瞳は、街灯の光を反射して冷たい白を宿していた。
「ごめん、変なこと訊いて」
 柏木の名前を出した勇児を、責める気になどなれなかった。それどころか、瞬時に胸の中に思い描いた柏木の顔が柔らかく笑っていることに、私自身が驚いていた。
「分かった」少しの沈黙のあと、勇児が切り出した。「はっきり言ってくれてありがとう。これで心置きなく、『秘密クラブ』ではお調子者の俺のままでいられそうだよ」
 照れ臭そうにうつむく勇児に、私は今なら少しだけ自分を見せることが許されるような気がした。むしろそうすることが、自分への思いを語ってくれた勇児に対する誠実な態度であるように思えた。

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