『明日の私』第13章「反則」(8)

小説

 身勝手な目的を果たそうとする私を寛大に受け入れてくれた葛西さんには、感謝のしようもない。一人でてきぱきとこなしてしまった方がずっと手際よく終わらせられる仕事にも、私を根気強く関わらせてくれた。
 優しい人。
 以前、葛西さんが渡辺さんを評するために使っていた言葉は、そのまま葛西さん本人にも当てはまる。そのことに気がついたおかげで、優しいという言葉の意味を全体的な形として感じることができたように思えた。その形が、すとんと私の腑に落ちてきた。
 相手を受け入れようとすること。そこに、一つの形がある。
 この思いに報いようと、毎回のボランティア活動で得た経験を、ノートに記録し続けた。これは柏木の助言によるものでもあった。
「せっかくいい経験をさせてもらってるんだから、最大限に生かせよ。そのためにはきちんと文字にしてとっておくこと。将来的には志望理由書の作成と小論文に結びつくものなんだから」
 その日の活動を時系列にまとめたあと、気がついたこと、感じたことを文字にした。
 柏木の指令により、彼を含めた『秘密クラブ』の五人を目の前にして、『津軽長寿園』で経験したことを発表する機会が月に一度くらいは与えられることになった。その際には必ず、経験から自分が考えたことを盛り込むようにと言われていた。人前で話す内容を充実させたうえ、どうすれば自分の言葉が聞く人の耳に印象深く届くようにすることができるのかを考えろとも。
 日々を追うなかで、次第に大学の推薦入試に向けた準備という、本来の意味を忘れている自分に気がつくことがあった。ボランティア活動を通じて葛西さんに教えてもらうことそのものが、あるいは自分が誰かの役に立っているという実感が、日を追うごとに膨らんでいるように思えた。かつて抱えていた不安はいつの間にか可能性になり、可能性は自信になった。自分の内面が日々大きくなっているという確信が積み重ねられていった。その変化は急激で、しかも顕著だった。だからこそ、日々はあっという間に過ぎていった。

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