ある程度予想はしていた。皆が見舞いに来てくれた入院中には、歩いている自分の姿を見せたことがない。体育館を走りまわっていたころの姿だけを知っている彼女たちにすれば、私の現状は確かに衝撃的なのだろう。
佐藤が小太りな体を揺すりながら駆け寄ってきた。
「お久しぶりです」
私から声をかけた。
「本当に。これからもだいぶ時間がかかりそうだな」
「はい」
「体を動かせるようになるまで見学して、少しずつ始めるといいよ」
そう言った佐藤の声は、少し震えていた。佐藤の気遣いがひしひしと伝わってくる。
極力冷静に、努めて明るく佐藤に伝えるためにここに来た。しっかりと正確に話そう。私は改めて自分に言い聞かせた。
「でも、もう無理なんです」
中途半端な状態を、ずるずると続けるようなことはしたくない。顔に微笑みを作り、佐藤には見えないところで手に力をこめた。そうしていないと泣けてきそうだった。手の平に汗がにじんでいた。
「今後もリハビリを続けていきます。普通に歩いたり走ることができるようにはなるそうです。でも、もうバスケはできません。以前のように体を動かせるようにようになるまでには数年かかると、担当のお医者さんに言われています。卒業しても間に合わないくらいなんです」
上手く言えたと思う。佐藤が小さく顔をゆがめた。
「ちょっと来てくれないか」
佐藤に促されるまま、私は体育館の外に出た。
あっ。
私は思わず声に出しそうになった。体育館に入ってから十分と経っていないはずだ。それなのにこの変化は何だというのだろう。そんなはずはないと知りながら、自分の周りに何か特別な力が働いているように思えてならなかった。真っ直ぐに伸びる廊下の、体育館とは反対側の突き当り。そこに穿たれた窓の真ん中に、太陽がどかりと居座っていた。壁と天井は夕日をたっぷりと吸いこんで、赤々と燃えていた。リノリウムの床は光を乱反射して、それそのものが赤い光の川のように流れていた。私は自分が赤い川のなかにくるぶしまで浸かっているような気がした。体のなかにたまった澱が、足元から体の外に流れ出していくように思えた。赤い色は強い。その強さが、私を守ってくれていた。