放課後、一番早い時間の列車に乗るために駅に向かう日々が始まった。
列車を降り、駅前のスーパーに寄る。その日の夕食、翌朝の朝食、そして学校にもっていく弁当に必要な食材を購入する。まだ松葉杖は手放せない。買ったものをリュックに詰め、背中に負って歩き出す。少しでも無駄な時間をはぶいて、美智子が帰ってくるまでに食事の準備が整っているようにしてやりたいと思っている。そのために寄り道もせず、真っ直ぐに家に向かう。
家事を引き受けて一カ月ほど経ったころ、たった一度だけルール違反の出費をした。ルール違反と言っても後ろ指さされるような大それたことではないと、誰もが理解を示してくれることだろう。しかし、不必要な出費を抑えると決めていた私にとっては、それなりに迷った挙句に踏み出したルール違反だった。
いつも立ち寄るスーパーの前で、一日限りの小さな陶器市が開かれていた。
何とはなしに眺めていると、足元に陳列された器の一つに目が留まった。
それは小鉢だった。両手の親指と人差し指で輪を作ったほどの大きさで、ちょっと口の広い湯飲み茶碗としても使えそうな、形や大きさばかりでなく何もかもが曖昧な器だった。その値段からも明らかだが、大量生産されたものにちがいない。しかし、妙に人の手の温もりを感じさせる表情をもっていた。焼き上げる前にうっかり必要以上の力で握りしめたために歪んでしまったというような、そんな間の抜けた暖か味をもった器だった。
その形状にも増して気に入ったのが、内側の底部に忍ばせるように咲いた瑠璃色だった。それはまるで、椿の葉を素焼きの器に落したまま釉薬を塗ってしまったような、気取らない輝きをたたえた深い緑だった。
所狭しと大小の器が並べられたシートを前に、鈍い痛みを抱え続けていた右足を不格好に前に投げ出し、私はその場にしゃがみこんだ。思わずその器に手を伸ばしていた。持ち上げてみると、私の手の平にしっくりと馴染んだ。無遠慮に貼りつけられた値札を見ると、考えていたよりもずっと安かった。金額はどうあれ、衝動的に買い物をするような場合でないことは分かっていた。しかし、単純に欲しかった。ここ一カ月間、慣れない家事を必死にこなしてきた自分へのご褒美だと勝手な理由をつけ、買った。
帰り道、体の内側から湧きあがってくような高揚を満喫している自分に気がついた。引きずるようにしか踏み出せない右足が、いつもより軽く感じられた。肩まで伸ばした髪が、雪がない年の瀬のさらりと乾いた風に吹き流された。