『明日の私』第3章「しょっぱい味噌汁」(5)

小説

 進級に際し、私は進学コースの文系を希望した。
 総合コースからの希望者には数人分の枠しか与えられていない。
 私は冬の初めから学習に力を入れ、ぎりぎりではあるが冬休み明けの定期試験で進学コースに入るために設けられた基準を一応は満たしていた。しかしこの基準はあくまでも目安に過ぎない。コース変更のための試験を受けるのは、一学年から引き続きこのコースを希望する生徒がほとんどだ。基準そのものを満たしていたとしても、実際に勝負する相手のレベルがそれ以上に高いのだから、厳しい状況にあることに変わりはない。それでも、何としてでも進学コースに入りたかった。新しい自分になりたかった。私は冬休みの時間を惜しんで机に向かった。
 三月の末、二学年から所属するコースを告げる通知が学校から届いた。
 進学コース文系クラスの名簿のなかに名前を見つけ、私は静かに拳を握った。
 新年度の登校初日。昇降口に貼り出された掲示物で、新たに割り振られる教室の位置を確認しなければならなかった。
 左端の二年一組から順に視線を這わせていく。特別進学コース二クラス、進学コース二クラス、総合コース六クラス。
 私のクラスは四組だ。生徒たちの名前が並んだその上に、担任、柏木かしわぎの名前があった。
 柏木。
 男子バスケ部の顧問だ。すぐにその顔が浮かんだ。
 一年生の春、部活で汗を流していた短い期間に限られていたが、その姿は何度か見かけていた。
 同じバスケットボール部とはいえ、男子部と女子部とでは練習する体育館も関係者もまるで別だ。大会などの折に触れて何度かその姿を目の当たりにしたことはあるが、それ以上の接触はなかった。言葉を交わしたことさえないにもかかわらず、不思議と何だか怖そうな人だなというイメージが強く残っている。
 そういえばと、外見意外に柏木について思い出したことがある。バスケの試合に関する噂だ。水面下でぼやけた記憶を浮かび上がらせようと、私は記憶の沈没船を引き上げにかかった。

タイトルとURLをコピーしました