『明日の私』第4章「最高の試合」(2)

小説

「ゾーンディフェンスに入る前のマンツーマンが時間的に長すぎたのがネックだった。マンツーマンを一生懸命やって相手を止めようとすれば、当然ファウルがかさんでくるよな。その試合では、エースが第三クウォーターの序盤で四つ目のファウルをもらってしまった。あと一つで退場。そのときは選手層が恐ろしく薄いチームだった。控えの選手が二人だけ。それもあって、猛烈に追い上げている大事な場面でメンバーを替えるには大変な勇気が必要だったはずだ。一旦追いつくまでを重視してエースを出し続けるか、最後までもつれることを予想してエースをベンチに下げるか。柏木先生はエースを下げた。どちらを選択しても間違いだということはない。練習や実戦を通じたそれまでの積み重ねで、当たり前に繰り返してきた通りの判断を下したに過ぎない。すべては監督と選手の信頼関係ができてるかどうかってことが肝心なんだよ」
 選手の交代やタイムアウトのタイミングはとても重要だし、難しいことも分かる。私は選手の立場から、エースの代わりに大事な場面を託された選手のことが気になった。
「先生、交代したのはどんな選手だったんですか?」
 私の問いに、佐藤は一つ頷いて見せた。
「さっき話に出た、キャプテンだった。技術的な面でスタメンにはなれなかったんだが、練習に関わる真面目さや人間性で、柏木先生が厚い信頼を寄せていた生徒だった。いわゆるベンチウォーマーで、正直なところ実戦であまり活躍した経験がなかった。だけど緊迫したその場面で、彼はまさに百五十パーセントぐらいの活躍を見せた。本当にすごかったよ。特にディフェンスが。ゾーンに切り替わってからの投入だったから、自分が守るべき空間にボールマンが入ってきたらスペースをつぶしてボールを奪った。火が出るような勢いだったよ」
 第四クウォーター終盤、残り三分で四点差まで追いついた場面。猛追に焦った相手チームの秩序が乱れた。ファウルが重なった。こちらが次にファウルされれば相手チームのファウルが五つとなり、フリースローが二本ずつもらえるようになる。柏木が動いた。
 エース投入。
 一進一退の息が詰まるような展開のなか、このタイミングで柏木は四つのファウルを背負ったエースをコートに戻した。ディフェンスが光ったキャプテンは、そのままコートに残した。
「下にボールを集めろ」
 エースの投入と同時に柏木が発したその一言で、選手たちは自分がやるべきプレーを瞬時に理解した。
 相手チームのボールをスチールして、オフェンスに切り替わった。速攻を出させてはならないと、相手チームも必死に自陣を守りに戻る。柏木の一声で、速攻から「下にボールを入れる」セットオフェンスに切り替えられた。
 四十五度の角度から、エースがゴール下のセンタープレーヤーにボールを入れる。これが柏木が言った、「下にボールを入れる」プレーだ。それと同時に、エース自らもゴール下に切れ込む。センターはその反対側にステップを踏んでリングに向かって高々とボールをもった手を伸ばした。そしてシュートを放った瞬間、相手のセンタープレーヤーがおおいかぶさるように飛んできた。
 会場中にドンという衝撃が響いたように思えるほど、センター同士が激しくぶつかり合った。押されてフロアに尻もちをつきながらも味方のセンターが見つめていた先は、自分が放ったシュートの行き先だった。

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